相横歩取りの定跡書。
相横歩取りは、お互いに横歩(先手なら△3四歩、後手なら▲7六歩)を飛車で取る戦法。序盤早々に互いに3歩を持ち、多くの場所で歩が使えるので、非常に激しい戦いになりやすい。超急戦ならある程度結論が出そうなものだが、相横歩は江戸時代から(!)指されているにもかかわらず、いまだに結論が出ていない戦法の一つである。(※1)現在のプロ公式戦でも年間数局がポツポツと指されていて、少しずつ進化をしている。
本書は、相横歩取りの定跡を一冊にまとめた本である。なお、相横歩取りの専門書は本書が初めて。
相横歩取りの棋書としては、『羽生の頭脳 9
激戦!横歩取り』(羽生善治,日本将棋連盟,1994.09)が有名で、よく相横歩取りの棋譜中継や解説記事でも登場する。しかし、『羽生の頭脳
9』での結論が北浜新手(1994.10)で覆された。その「北浜新手のルート」が「後手勝ち」と結論付けられたために、先手は他のルートを探る必要に迫られ、新たな研究が始まった。
参考:【北浜新手】
・小野修一vs北浜健介,1994/10/04,全日プロ(将棋の棋譜でーたべーす)
△8六飛に▲7六歩が中合いの手筋で、従来はここで△8一飛(馬を取る)▲6二銀成△同玉▲7四桂△5一玉▲6三銀で先手指せる、が『羽生の頭脳
9 激戦!横歩取り』のp127〜p131に載っていた定説。
ところが、△8一飛のところで△7六同飛!と歩を取り、▲6五玉△6四歩▲5五玉△5四歩!が北浜新手と呼ばれている手で、この変化が後手良しに覆ったため、新たな研究が始まった。この辺りの顛末については、『新手年鑑
Vol.I』(島朗,MYCOM,1995.08)のp130〜132や、『新手年鑑
Vol.II』(勝又清和,MYCOM,1996.09)の冒頭p4〜p6で解説されている。 |
もちろん本書では、北浜新手やその他の新手もいくつか収められている。
最近、相横歩取りの専門書『乱戦!相横歩取り』(北島忠雄,MYCOM,2011.02)が発行されたが、テーマ的に本書とかなり重なっている。というわけで、違いを明確にするために、まずは本書から読んでみることにした。
各章の内容を、他書との違いも交えながら、チャートを使って紹介していこう。特に、『羽生の頭脳 9
激戦!横歩取り』と違う部分は、チャート内に青字で記しておく。
第1章は、相横歩取り基本図からの変化の概要。チャート(下図)にあるように、個別に章や節が立っている変化は本章では紹介のみにとどめ、それ以外の変化については少し詳しく書かれている。本書出版の1ヶ月前に発売された『郷田真隆の指して楽しい横歩取り』(郷田真隆,フローラル出版,2002.08)で紹介された2つの郷田新手(▲2八歩、▲7九金)については、軽めの扱いだ。▲7九金の方は完全スルー。
第2章は、「▲7七銀-飛交換型」とタイトルにあるが、実際はその中で飛交換後に▲4六角と打つ変化に絞っている。相横歩取りの定跡の中で「最善」と言われ、かつ最も激しい戦いになる変化だ。詰むや詰まざるやの局面まで研究が進んでいる。△3七角成に▲4八金の新手は1996年3月の▲井上慶太vs△丸山忠久で登場。
第3章は、基本図から▲7七銀△7四飛に▲3六飛と飛交換を避けた形を解説。「大駒総交換の激しい戦いを避け、比較的穏やかな展開を目指したもの。先手やや気合負けの感があるが、一局の将棋」(p164)とある。先手で相横歩取りが苦手な人は、この展開だけを覚えておいてもいい。
第4章は、基本図から▲7七桂。基本的に持久戦狙いの手であるが、△3三金(▲2二歩を防ぐ)▲8四飛△8二歩に▲6六角が比較的新しい手。▲5八玉は「陣形を整えつつ後手の△7五角を防いだ手で従来の定跡手。もちろん現在も有力手段である。」(p200)という手だ。
第5章は、基本図から▲7七歩。わたしが知る限りでは、『ヨコ歩取り戦法』(芹沢博文,北辰堂,1975)で提唱された形だ。筋悪と見られがちで、プロの実戦例も多くないが、大乱戦を避けるには有効。相手の気合を空振りさせる効果もあるかも?
相横歩取りのような分岐型の戦型は、東大将棋ブックスシリーズがもっとも得意とするところ。妙手もたくさん出てくるので、横歩取りを指す人なら、たとえ相横歩を指さないとしても、必携の一冊である。
現時点では決定版に近い一冊だが、その後に出た新手もいくつかある。さて、『乱戦!相横歩取り』では、その辺りはどうだろうか?(2011Feb28)
※1 ^ 相横歩取りの歴史については『続 横歩取りは生きている−上巻−』(沢田多喜男,将棋天国社,1988)が詳しい。相横歩取りが最初に登場するのは、大橋宗英著の『平手相懸定跡集』の第十八章だそうだ。
※【参考】 〔相横歩取りの単行本での流れ(主なもの、2011年まで)〕
1988-07 横歩取りガイド,週刊将棋編,所司和晴協力,MYCOM
1988-10 続 横歩取りは生きている 上巻,沢田多喜男,将棋天国社
1990-09 横歩取りガイドII,所司和晴,週刊将棋編,MYCOM
1994-09 羽生の頭脳
9 激戦!横歩取り,羽生善治,日本将棋連盟
1994-10 北浜新手
1999-04 これが最前線だ!最新定跡完全ガイド,深浦康市,河出書房新社
2002-07 定跡外伝2,週刊将棋編,MYCOM
2002-08 郷田真隆の指して楽しい横歩取り,郷田真隆,日本棋道協会編,フローラル出版
2002-09 横歩取り道場 第ニ巻 相横歩取り,所司和晴,MYCOM(本書)
2005-12 将棋定跡最先端 居飛車編,所司和晴,MYCOM
2006-11 最新戦法必勝ガイド これが若手プロの常識だ,村山慈明,MYCOM
2011-02 乱戦!相横歩取り,北島忠雄,MYCOM
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