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菅井ノート 後手編 | [総合評価] S 難易度:★★★★☆ 図面:見開き4枚 内容:(質)A(量)S レイアウト:A 解説:A 読みやすさ:B 有段向き |
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【著 者】 菅井竜也 | ||||
【出版社】 マイナビ | ||||
発行:2012年9月 | ISBN:978-4-8399-4453-7 | |||
定価:1,890円(5%税込) | 288ページ/19cm |
【本の内容】 | ||||||||||||||||||||||||
・【コラム】(1)大和証券杯で優勝
(2)菅井ノート |
【レビュー】 |
ゴキゲン中飛車と一部の角交換系振り飛車を解説した戦術書。 菅井は関西の有望若手棋士で、本書出版時点で弱冠20歳である。石田流・ゴキゲン中飛車など「角道を止めない振り飛車」を得意とする、現代振り飛車の申し子でもある。斬新な発想も多く、いろいろな戦型で「菅井流」と呼ばれる形がある。トップ棋士もその優秀性を認め、本書のメインとなっている「ゴキゲン中飛車・菅井流」は、登場後3ヶ月でタイトル戦で採用された。 本書は、「菅井流」の本家がその源流と現状を明かすとともに、「ゴキゲン中飛車vs超速」と一部の変則作戦を披露した本である。 各章の内容を、チャートを添えて紹介していこう。 第1章は、ゴキゲン中飛車の▲超速vs△菅井流。菅井流はその名のとおり、著者が2011年11月15日の公式戦で出した新構想で、その後タイトル戦にも登場している。現時点(2012年10月)でまだ1年経っておらず、単行本で載っているのは『最新定跡村山レポート』(村山慈明,マイナビ,2012.07)のみ。 菅井流は、超速の▲3七銀に△4四歩と突く。ゴキゲン中飛車が基本的に「角道を止めない振飛車」なので奇異な感じがするが、▲4六銀に△4五歩と突き越して銀を呼び込み(第1節)、先手玉が不安定なうちに捌くのが狙いだ。著者もこの変化には自信を持っている。 菅井流の強敵が、△4四歩に▲7八銀と上がる対策(第2節)。左銀で△5五歩を取りにいくのがコロンブスの卵で、現時点で後手が苦戦している。ただし、本章では現時点で公式戦未登場の△3二金型に希望があることが示唆されている。 なお、菅井流は、ノートに書かれたアイデア(原型)を眺めていて閃いたものだそうだ。こういった内容は本家ならではである。 第2章は、ゴキゲン中飛車の▲超速vs△3二金型。バランスの良さが魅力で、プロの実戦例も多く、本書でも最も多くのページが割かれている。 第1節前半の決戦型は、▲7七銀と中央圧迫を目指した手に呼応して、後手が5筋歩交換をしたとき、▲5五歩と飛の退路を断つ指し方。後手は先刻承知とばかり、飛を即切りして決戦になる。超速の比較的初期からあり、下記の棋書などで詳しく検討された。 2011-01 豊島将之の定跡研究,豊島将之,MYCOM 2011-09 速攻!ゴキゲン中飛車破り,中村太地,MYCOM 2011-10 最新の振り飛車対策,深浦康市,日本将棋連盟発行,マイナビ販売 決定的な結論は出ていないが、先手の玉形が薄く勝ちにくいため、現在は廃れている。 第1節後半の押さえ込み型は現在進行形だ。後手の5筋歩交換にあえてフタをせず、左右2枚の銀で押さえ込みを図る。後手は、先に駒損してでも駒の交換をしていく展開が多い。特に、▲4一銀(飛金取り)のときに、あえて▲3二銀成とさせて成銀を遊ばせる筋や、飛を切って△3一金と引き銀を空振りさせる筋が頻出する。 第2節の▲5八金右型は、押さえ込み態勢よりも自陣の引き締めを優先した手。第1節よりも少しじっくりした戦いになりやすい。後手は5筋歩交換して軽快に動くのもあるが、本書では△4二銀から5筋の位を守りに行く展開をメインに解説している。 第3節は▲9六歩型。端歩を突き合って決戦型にすると、後に▲9七角が生じて、壁角解消で玉が広くなり先手が得をする。本節では、後手は端の位を取らせる代償に中央から動いていく。 第3章は、ゴキゲン中飛車の▲超速vs△3二銀型。後手不利とされた時期もあったが、新しい手(p168、p176など)の出現で見直されている。△3二金型よりも陣形が低いため、後手が5筋歩交換をしたときに▲5五歩と飛の退路を断って飛切り決戦型になる展開が選ばれることはなく、5筋歩交換後に飛を引ける展開になる。本章では、飛の引き場所が5一か5二によってどう変わってくるかを解説している。 第4章は、ゴキゲン中飛車の▲超速vs△4四銀型。銀を対抗して、いったん先手の急戦を押さえようという指し方だ。 第1節は▲7七銀で、5筋の位を目標にする。後手は、玉型を美濃囲い、穴熊、△7二金のどれを選ぶかがポイントとなる。特に美濃囲いでは、先手の仕掛け方がほぼ同じなので、細かいポジショニングが重要。この戦型は後手の苦戦傾向だったが、▲2九飛に対する△2二角の先受けが発見されて、後手の視界が開けるようになった。その展開の解説は、本節では△7二金型のところにあるが、美濃囲いでも応用可能である。 第2節は相穴熊型。「堅さには堅さで対抗」という考え方で、超速登場後の割と早い時期から指されている。アマでは、ゴキゲンvs超速の最重要戦型かもしれない。先手の仕掛けは、▲3八飛の袖飛車にほぼ限定される。この辺りの基本的なことは、『ゴキゲン中飛車対超速 銀対抗相穴熊 対袖飛車の研究』(mus-musculus,谷浩嗣作成,個人出版/電子書籍,2012.06)に詳しい。本節では、mus-musculus本よりも応用的な変化を詳しく解説している。 先手有利とされた時期があったが、穴熊に囲った後の△9四歩(p232)が発見されて、後手が有望視されているとのこと。なお、この戦型はいろいろな本に載っているような気がしたが、改めて振り返ってみると、多くのページを割いている本はあまりないようだ。 第5章は、ゴキゲン中飛車vs▲一直線穴熊。本章から「超速」を離れる。先手は攻撃形を作らずに、一目散に居飛穴を目指す。後手の対策は、以前は△7五歩から角頭を攻める将棋もあったが、▲8八銀を締めずに▲5九銀と引く「豊島流」の出現で廃れた(『遠山流中飛車持久戦ガイド』(遠山雄亮,MYCOM,2009)の第4章が詳しい)。本章では、△3五歩と突いて△5四飛〜△3四飛の石田流を目指せるかどうかが焦点となっている。 第6章は、ゴキゲン中飛車以外の作戦。 第1節は△4二飛戦法とあるが、いわゆる「3・4・3戦法」の改良版である。『島ノート 振り飛車編』(島朗,講談社,2002)で示された3・4・3戦法は、△3五歩〜△4二飛〜△3二飛のアクションだったが、本作戦は△4二飛〜△3二飛〜△3五歩からの升田式石田流を狙いとする。△3五歩が後からなので、途中の変化によっては伸ばす必要がなく、作戦に幅が出そうだ。 第2節は、菅井オリジナル作戦(らしい)。ゴキゲン中飛車の出だしから、△5二飛ではなく△5五歩とする。これ自体はオリジナルではなく、江戸時代からあるし、昭和前半にはトップクラスでも流行った形で、昭和後期にも変化球として時折指されている。先手は代償なしに5筋位取り中飛車にされては不満なので飛先の歩を切るが、▲2四飛の瞬間に△5六歩▲同歩△8八角成▲同銀△3三角が菅井流。従来は▲2四飛には△3二金だった。 この後、ゴキゲン中飛車超急戦に似た展開になるが、最終的に「▲5三と+▲6三成桂と迫られても△8二玉と逃げれているので後手良し」という感覚には恐れ入る。まさに現代振り飛車党ならではの大局観だ。 さて、本書は伝説的棋書『島ノート 振り飛車編』(島朗,講談社,2002)を意識して作られている。表紙の題字は位置・フォント・大きさともに似ているし、レイアウトもここ数年の「マイナビ将棋BOOKS」のスタイルを外れ、『島ノート』を踏襲している。これにより、1ページあたりの解説文字数は約1.1倍になった。質・量ともに並の「マイナビ将棋BOOKS」を凌駕していることは間違いない。 では、『島ノート』と肩を並べるかというと、さすがにそこまでは行っていない。まず、『島ノート』は分量が桁違いに多く、ページ数だけを見ても通常の棋書(222p)の2.15倍ある。ちなみに本書は1.30倍だ。また、『島ノート』は出版から10年経過してから読んでも面白い部分がたくさんあるが、本書は9割がたが「△ゴキゲン中飛車vs▲超速」の最新形なので、10年後にはさすがに使いどころがなくなっているように思う。 とはいえ、他書を圧倒するボリュームは読み応え十分だ。オモシロ作戦は第6章だけなので、『島ノート』的なものを過剰に期待してはいけないが、ゴキゲン使いは必読なのは間違いない。また、「将来のタイトルホルダーは、こんなところまで考えているんだ」というところを、羽生の初期の著作(「羽生の頭脳」シリーズなど)と比較しながらニヤニヤするのもマニアックな楽しみ方の一つ(笑)。 本書の最後で、「先手編」の予告を行っているので、今から楽しみだ。やはり石田流の「7手目▲7六飛」がメインだろうか?(2012Oct16) ※誤字・誤植等(初版第1刷で確認): p123 ?「焦土作戦」→違う意味で使われている。本来は、自らの陣地を利用価値のない状態にして敵方に明け渡す意味だが、本書ではと金で敵陣を食い荒らしていく意味で使われている。 p161 △「2011年の王将戦第5局で…」 ○「2011年度の王将戦第5局で…」 対局日は2012年3月8日。 p209 ×「これまでは▲6六銀に△7二銀や△9二香と囲い指し方を…」 ○「これまでは▲6六銀に△7二銀や△9二香と囲う指し方を…」 |