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令和新手白書 【振り飛車編】 | [総合評価] A 難易度:★★★★ 図面:見開き4枚 内容:(質)A(量)A レイアウト:A 解説:A 読みやすさ:A 上級〜有段向き |
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【著 者】 片上大輔 | ||||
【出版社】 マイナビ出版 | ||||
発行:2019年12月 | ISBN:978-4-8399-7137-3 | |||
定価:1,749円(10%税込) | 232ページ/19cm |
【本の内容】 | ||||||||||||
◆内容紹介 |
【レビュー】 |
令和元年(2019年)時点での振り飛車の流行作戦を解説した本。『将棋
平成新手白書 【居飛車編】』(2019.02)の続編。 前作の「居飛車編」では、主に最近5年くらいの新手・新作戦を中心に扱っていたが、今回の「振り飛車編」でもそのあたりは同様である。 特に本書では、「新手」そのものよりも、「新しい考え方」を多く解説している。すでに20年〜30年くらいの歴史がある作戦も、新しい考え方によって指し方が変わったり、評価の見直しがされていることが多い。 なお、「振り飛車編」といっても、全ての振り飛車を扱っているわけではなく、「角道を止めたノーマル振り飛車」(四間飛車・三間飛車)と、「(原則として角道を止めない)5筋位取り系の中飛車」(△ゴキゲン中飛車・▲中飛車)を扱う。角交換系振り飛車や中飛車左穴熊などは全く扱っていないので注意。 また、『居飛車編』と違って、本書では各章末に片上の実戦譜を掲載。短い解説付き。 各章の内容を、図面を添えながら紹介していこう。(なお、分岐状にはなっていないので、チャートは作成していません。また、各テーマに合致する参考棋譜と関連書籍の例を添えておきました) |
第1章は、「居飛車穴熊との戦い」。 ・平成の30年間の振り飛車は、「居飛穴との戦い」だった。 ・平成中期は[藤井システム]が流行。「居飛穴の完成する直前が勝負」だった。 ・現在は様々な考え方の居飛穴対策が幅広く指されている。 −穴熊に囲わせてから攻めつぶす −攻めの主導権を確保する −別の場所でポイントを稼ぐ ⇒「高度にシステム化された戦い方だけでなく、多様性が意識されている」(p10)のが、現在の居飛穴対策の特徴。 |
(1) 先手番藤井システム ・相手が居飛穴に組む瞬間に攻める。 ・そのため、美濃囲いの骨格だけ作って、玉の移動は後回し。〔左図〕 ・対居飛穴の藤井システムは1995年12月に登場。 ・△7四歩と突かれたら、玉を美濃囲いに入れていく。 ・一時期は廃れていたが、近年ポツポツと指されている。 ・本節では、△2四歩から後手が居飛穴に潜る順が本線。 ・裏定跡として、▲6五歩を保留して、△1二香を待たずに▲4五歩と仕掛けていく順を紹介。 ※第1章 参考棋譜@ ※関連棋書 四間飛車vs藤井システム |
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(2) 後手番藤井システム ・後手では1手遅れるため、△9五歩・△4三銀・△5二金左のいずれかを省略することになる。 ・本節では、左金省略型(△5二金左を省略)を本線で解説。〔左図〕 ・左金上がりを省略することで、△6二飛と回る変化が生まれる。 ・一方、左金の遅れのため、対急戦が難題。▲3五歩〜▲4六歩の佐藤義則新手(2001)が強力。 ・△3二銀型(左銀保留)も見直されている。△8五桂〜△6五歩の仕掛けに▲7八玉が好手だったが、近年は局面を収めてしまう構想や、△8五桂だけ跳ねておいて攻めの主導権を確保しておいたり、▲9八香の瞬間ではなく▲9九玉を待ってから仕掛ける(△8四歩を入れておく)など、新しい変化も現れている。 ※第1章 参考棋譜AB ※関連棋書 四間飛車vs藤井システム |
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(3) 三間飛車藤井システム ・三間飛車で、藤井システム(通常は四間飛車)と同様の仕掛けを目指す。〔左図〕 ・3筋からの居飛車急戦に強いのが長所。△4五歩と角道を開けたときに、四間飛車なら角と飛が同時に働いてくるが、三間飛車では飛は働いてこないのが短所。 ・△6二飛と回る展開なら、四間飛車と同じ。これを嫌って、▲5七銀を保留する型には、△7三銀〜△7二飛の袖飛車が有力策。 ※第1章 参考棋譜C ※関連棋書の例: 『緩急自在の新戦法!三間飛車藤井システム』 |
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(4) トマホーク ・三間飛車で、居飛穴に囲わせてから、玉頭銀+端桂を絡めて〔左図〕攻めつぶす。 ・アマチュア発祥。プロでは2015年10月に登場した。 ・三間飛車の天敵とされた、「5筋不突きの一目散居飛穴」を激減させた。これによって、三間飛車の相対的価値が高まった。 ※第1章 参考棋譜D ※関連棋書の例: 『トマホーク解体新書』 |
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(5) 石田流への組み替え ・トマホークによって居飛車の駒組みが制限された(5筋を早めに突くようになった)ので、石田流への組み替えが有力策として浮上。 ・玉頭銀を見せて、角道を止めさせるのがポイント。 ・▲7五歩よりも▲5九角を優先させる。〔左図〕 ・三間飛車が後手番のとき、香損を甘受して捌きを優先させるのが新しい感覚の指し方。 ※参考棋書の例: 『さわやか流疾風三間飛車』 |
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(6) 熊せて戦う新型四間飛車 居飛穴を組ませる型も、さまざまな駒組みが模索されている。主なテーマは、「囲いを自由化して攻めの主導権を掴む」。 ・振り飛車がミレニアム 玉の位置・玉型の違いにより、振り飛車からの新しい仕掛け筋が生まれた。〔左図〕 ・金無双の発展形 △7二玉-8二銀-6二金-6三金型。 ・△6二玉型雁木から地下鉄飛車 |
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(7) 手詰まり打開の自陣角 ・△四間飛車vs▲居飛穴での角交換挑戦型にて、居飛車が角交換に応じると手詰まりになりやすかったが、▲3七角と自陣角を打つ〔左図〕のが新しい打開策。 ・△4六歩を防ぎ、右銀の動きを自由にし、▲2八飛にヒモを付けている。 ・片上は「この自陣角は相当に汎用性が高い」と高評価。実際、後の項目にもこの自陣角の筋は何度も出てくる。 ※第2章 参考棋譜A 45手目 |
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(番外編) コーヤン流に対する藤井聡太新手 ・コーヤン流三間飛車に対して、仕掛けで△5五歩を入れる。〔左図〕 ・片上は「コーヤン流は今後指されなくなる可能性が極めて高い」と指摘する。(※コーヤン流をプロで指しているのは実質的に中田功だけなので、本人の研究次第ではあるが…プロの目から見て、決定版が出てしまったということだろうか) ※参考棋書の例: 『必勝 三間飛車破り』 |
第2章は、「居飛車・穴熊放棄系」。 以前ほど居飛穴が恐れられなくなり、居飛車党は「居飛穴以外で、汎用性の高い(飛車をどこに振られても使える)作戦を模索」している。(※居飛車党は相居飛車の研究で多忙なため、対抗形はある程度研究を省略したいとのこと) |
(1) エルモ囲い急戦 ・舟囲い急戦の逆転されやすさを、エルモ囲い〔左図〕で補完している。(※片上は「座布団金」という呼び名を推奨) ・舟囲いではダメだった仕掛けも、エルモ囲いなら互角以上になることがある。ただし、居飛車の右辺は薄いので、従来はなかった反撃筋も生じる。 ・三間飛車に対して使われることが多い。振り飛車側は、▲5七銀-6七金で5〜7筋をガッチリ守り、長い中盤戦に持ち込むのが有力。 ・▲中飛車に対して、急戦を見せて角道を止めさせ、エルモ囲い急戦にスイッチするのも有力策。 ※第2章 参考棋譜@ ※関連棋書 エルモ囲い急戦 |
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(2) 陽動持久戦 ・急戦を見せておいて、持久戦にスイッチする作戦。 ・△右6四銀急戦で、すぐに△7五歩と仕掛けず、△6四銀-8四飛-7三桂型を作る。〔左図〕(※わたし自身は『森下の四間飛車破り』(1996)でこの形を見たことがあるが、基本的に昭和の将棋で、急戦を目指したはずなのに振り飛車に十分に組まれており、効率が悪いという旨が書かれていた記憶がある) ・急戦を見せつつも、居飛穴や銀冠などに組み替えたりする。 ・6四銀-7三桂型が振り飛車からの戦いを封じている。 ・エルモ囲い+6四銀-7三桂型からの持久戦もある。 ・振り飛車としては、状況に応じて玉頭を攻めたり、▲7七桂〜▲6五桂の捌きを狙ったりしたい。 |
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(3) 銀冠穴熊 ・まず左美濃の骨格を作り〔左図〕、角道をキープしながら銀冠へ組み替え、最終的に銀冠穴熊を目指す。 ・角道を止めないので、△6五桂で角銀両取りを喰わないように、▲5七銀を保留したり、▲6六角と上がったりなどの工夫がある。 ・銀冠から居飛穴への組み替えは手数がかかるので、振り飛車も仕掛けを狙う。 ・振り飛車側が「銀冠から棒銀で攻める」という奇抜な攻め筋も有力。 ※第2章 参考棋譜A ※参考棋書の例: 『堅陣で圧勝! 対振り銀冠穴熊』 |
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(4) まずは左美濃 ・居飛車党は対振り飛車作戦を統一したい思いがあり、急戦を喰らいにくい左美濃〔左図〕の採用が増えている。持久戦になれば、銀冠〜穴熊への組み替えも可能。(※それを狙っているので、天守閣美濃は絶滅危惧種のままである) ・振り飛車に5筋の位を取らせてもよい、という考え方が浸透。右銀は下から移動させる。(以前は、右銀の活用がしにくくならない様に、5筋の歩を突くのが主流だった) ・振り飛車側からは、銀冠を上から攻める手法もある。 ⇒1990年代の林葉流やスーパー四間飛車に似ているようだ。 |
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(5) ミレニアム囲い ・平成中期の2000年頃に流行した囲い方。△4四角〔左図〕〜△3三桂〜△2一玉と配置することで、振り飛車側から角筋を生かした攻撃を喰らわない。 ・もともとは藤井システム対策だった。 ⇒ミレニアムは「やや妥協している感じ」があり、その後に藤井システムに対しても居飛穴に潜れる手順が見つかったことや、先手番だと手詰まりになりやすいとされて廃れたと記憶している。 ・近年は、積極的にミレニアムを目指す作戦が増加。ミレニアム囲いの左桂を攻め駒として使う展開も出てきた。(居飛穴ではまずできない) ・振り飛車側の対策の一つは、角交換挑戦から右桂をぶつけていく。一気にバランスが崩れるわけではないが、駒組みの難しさを居飛車側に突き付けていく。 ※第2章 参考棋譜B |
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(6) なんでもミレニアム ・ミレニアム囲いの評価が高まったため、対四間飛車以外にも用いられるようになってきた。 ・片上は、対振り飛車穴熊のミレニアムを特に有力視する。途中まで地下鉄飛車を意識しつつ、駒組みが分かりやすく、角桂の配置によっていつでも端攻めできる。〔左図〕 ・角交換振り飛車穴熊に対しても有効。 ・対三間飛車にも有効。振り飛車側が真部流型の▲4六銀の好形に組んだとしても、効き目は薄い。 ・対石田流本組に対しても使えそう。 ・なお、横歩取りで中原囲いでミレニアムに組み替える例もまれにある。 |
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(番外編) 棒銀定跡における新手 ・△四間飛車vs▲棒銀の定跡局面で、△3七歩!〔左図〕が2018年5月の新手。 ・従来は、△4三金▲3七銀と進み、そこで△4五銀か△3三桂▲4六銀か、だった。 ・▲左4六銀戦法にも似た筋が出てくる。 |
第3章は、「中飛車」。△ゴキゲン中飛車と▲中飛車を扱う。どちらも、基本的には△4四歩(▲6六歩)と角道を止めずに戦うのが特徴。 |
(1) 超速 ・対△ゴキゲン中飛車で、この10年くらい主流になっている作戦。▲6八玉型でいったん囲いを止め、足早に▲3六歩〔左図〕〜▲3七銀〜▲4六銀を急ぐ。 ・「銀対抗」の場合、すぐに左銀も繰り出して、5五の位を巡る戦い(「二枚銀急戦」)が多い。 ・超速の登場したころは、銀対抗から相穴熊が多かった。現在も有力ではある。 ・中飛車側の「△5四銀型(▲5六銀型)が好形」という認識も変化してきている。超速型に対して、無理に▲5六銀型を目指す例は少ない。 ・超速は難解で、また「△5四銀型に組ませない」という意義も薄れつつあるので、以前の3七銀急戦(本書では「低速」と呼んでいる)が復活する可能性もありそう。 ※第3章 参考棋譜@ ※関連棋書 △ゴキゲン中飛車vs▲超速 |
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(2) 一直線穴熊 ・居飛車は角道を止め、とにかく穴熊に潜る。〔左図〕 ・袖飛車対策のため、▲8八銀のハッチは閉めず、▲8八角と引ける余地を残しておく。 ・右銀は下段から囲いにくっつける。 ・相穴熊になりやすいが、単純な固め合いだと、振り飛車の方が堅くなりやすい。居飛車は角の活用から軽い仕掛けを狙いたい。 ・振り飛車側としては、自陣を美濃囲いで済ませて、△6五銀と出ておくのが有力。銀の力で左辺の勢力を制する。 ※第3章 参考棋譜A ※参考棋書の例: 『中飛車破り 一直線穴熊徹底ガイド』 |
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(3) 角道不突き左美濃 ・対▲中飛車で、後手が角道を突かずに△3一玉型左美濃を目指す。〔左図〕 ・角道不突きの効果で、序盤で中飛車側に捌かれる心配はない。 ・銀対抗になったら、駒組みを進める。 ・銀対抗にせず、振り飛車が▲6六歩から歩内銀にするのも有力。 ・居飛車は端角△1三角を常に意識しておこう。 ※第3章 参考棋譜BC ※参考棋書の例: 『振り飛車最前線 対中飛車 角道不突き左美濃』 |
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(4) 角交換型 ・▲中飛車に対し、角交換はするが5筋歩交換はさせない作戦。 ・ミレニアムの堅陣に組んで、攻めの主導権を得ようとする作戦〔左図〕が新しい。角交換後に持久戦にしても、攻めは例の自陣角(△7三角)で打開できる。 |
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・角交換型の△5二金右型〔左図〕はかなり有力視されていたが、中飛車側の仕掛けが成立することが判明している。 ・▲5七飛の佐藤和俊新手も有力。将来の△5八歩▲同飛△6九角の割り打ちの筋を避けて、確実に5筋交換ができるようにしている。 |
【総評】 本書と前作を併せて読むと、相居飛車では「堅さ重視」から「バランス重視」の価値観に変化したのに対して、振り飛車対抗形では「堅さ至上主義」から「ある程度の堅さと、攻めの主導権を握ることを重視」というように価値観が変化したのだということがよく分かった。 ゴキゲン中飛車のようにすでに20年以上の歴史を持つ作戦が少しずつ流行形を変えながら生き残っていたり、藤井システムやミレニアムのように一度廃れながらも新しい考え方のもとで復活した作戦があったり、5筋不突き居飛穴をトマホークで潰したことによって戦法全体の相対的価値が上がってきた三間飛車など、相居飛車とは流行のスタイルが少し異なる作戦が多かった。どちらかといえば、本書の方が「平成30年間をまるっと総括」した感があり、「平成新手白書」の名を冠しても良かったのかもしれない。 「エルモ囲い急戦」「新型の囲い方の四間飛車」「なんでも左美濃」「なんでもミレニアム」などは、ここ1〜2年の流行で、まだ他書で単行本化されていないような内容もあったので、ある意味では「令和新手白書」の名もふさわしいようにも思う。 まとめると、「ここ数年の振り飛車の流行形を、最新の考え方を中心に解説し、戦型によってはこの30年の歴史も踏まえて解説している本」ってことです。 なお、(冒頭にも書きましたけど)平成を彩った振り飛車である「角道オープン系振り飛車」(石田流、角交換四間飛車、ダイレクト向かい飛車、角頭歩戦法などなど)や中飛車左穴熊、相振り飛車については、今回はほぼ言及がありませんので、ご注意ください。 (2019Dec28) ※誤字・誤植等(初版第1刷で確認): p21上段 棋譜 ×「▲6三歩成△2五歩▲6四と△2五歩▲6四と」 ○「▲6三歩成△2五歩▲6四と」 2手の重複がある。 |