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マイナビ将棋BOOKS 現代将棋の思想 〜一手損角換わり編〜 |
[総合評価] A 難易度:★★★★☆ 図面:見開き6枚 内容:(質)A(量)A レイアウト:B 解説:A 読みやすさ:B 有段向き |
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【著 者】 糸谷哲郎 | ||||
【出版社】 マイナビ | ||||
発行:2013年1月 | ISBN:978-4-8399-4573-2 | |||
定価:1,575円(5%税込) | 224ページ/19cm |
【本の内容】 | ||||||||||||||||||||||||
・【コラム】(1)一手損角換わりの楽しみ
(2)新研究の誕生 (3)インターネットと将棋 (4)将棋の訓練法
(5)棋士とコンピュータ |
【レビュー】 |
一手損角換わりの戦術書。 一手損角換わりがプロで流行してからおよそ10年経つ。これまで「手損してはいけない」と言われてきたのに、どうしてこの戦法が受け入れられているのだろうか? また、後手番が選ぶ戦法にはいろいろな選択肢がある中で、一手損角換わりを採用するのはどのような理由からなのだろうか? さらに、一手損角換わりは、角交換するタイミングによって、飛先の歩の位置や金上がり(△3二金or▲7八金)の有無にいろいろな組み合わせがあったはずなのに、なぜ現在のプロ将棋では4手目角交換(▲7六歩△3四歩▲2六歩△8八角成)が主流になってきているのだろうか? 本書は、一手損角換わりの歴史をたどることによって、上記の疑問に答えるとともに、一手損角換わりの最新事情までを解説した本である。 各章の内容を紹介していこう。章によっては、チャートを添えておく。 第1章は、後手の戦法の比較検討について。先手が▲7六歩からスタートする居飛車のときに、後手が採りうる戦法を列挙し、その特徴と傾向を分析している。 比較されている戦法は、横歩取り△8五飛、ゴキゲン中飛車、矢倉/角換わり(2手目△8四歩)、角交換振り飛車、一手損角換わりの5つ。このうち、一手損角換わりの勝率がさほど高くないにもかかわらず、どういう理由で指されているのかを解説する。 第2章では、一手損角換わりに対する先手の対策を概論的に紹介。 その前の第1節で、「戦法を理論的に解説することの意味」を4pにわたって論じているのがオドロキポイントで、哲学専攻っぽさを感じられる。著者によれば、「スペシャリストではない人が理解するのに大いに役立つ」とのこと。そして、理論化するためには「歴史をたどるのが良い」ということで、本書はおおむね「一手損角換わりの歴史順」に展開していく。 第2節は、初期のころの先手の対策を解説。当初は、△8四歩型で▲2五歩を決めさせてから角交換するのが後手の得だと思われていた。後手だけに△8五桂と跳ねる権利が残るからである。 先手には、以下の3つの選択肢がある。 (1)手得を生かす → 棒銀or早繰り銀で速攻する (2)手得を形に変える → ▲1筋位取り右玉 (3)腰掛け銀の可能性をさらに探る このうち、本章では「早繰り銀以外に対しては、後手が十分にやれる」という変化を解説している。 第3章は、一手損角換わりvs▲早繰り銀の初期型。△8四歩と8筋の歩を一つ突く形が指されなくなった理由は、この形での早繰り銀で後手の苦しさが露呈したためである。 第1節は、△8四歩型の解説の前段階として、▲2五歩型vs△8三歩型の▲早繰り銀を扱う。後手はセオリー通り、腰掛け銀+四間飛車で対抗する。似た形は第4章第1節で扱われ、そちらは△7三銀型+四間飛車での対応。 第2節は、△8四歩型vs▲早繰り銀。この形を詳しく検討した本には、『佐藤康光の一手損角換わり』(佐藤康光,MYCOM,2010.08)の第1章、『豊島将之の定跡研究』(豊島将之,マイナビ,2011.01)の第2章、『最新戦法 マル秘定跡ファイル』(村田顕弘,マイナビ,2012.02)の第4章などがある。2筋の銀交換後に、狙いの反撃「△5五角」に対して、後手は角打をいかに効果的にするか、先手はいかに防ぐか。ほんの1年くらい前までは一手損角換わりのメインテーマの一つだった形だ。この戦型では、後手はそれなりに戦えていた。 しかし、△8四歩型を駆逐してしまったのが、第3章の▲7九玉型。『ライバルに勝つ最新定跡』(村山慈明,MYCOM,2010.09)の第8章などでも取り上げられている形だが、2筋で銀交換した後の△5五銀打が後手にとって切り札にならなくなり、他の手もあまり思わしくないことから、△8四歩型を後手が採用できなくなっている。 第2章〜第3章で、後手が△8四歩型を採用できなくなった経緯が解説された。第4章以降は、△8三歩型の最新の攻防にテーマが移る。△8三歩型は専守防衛に近く、後手の攻撃力(反発力)が低下しているが、防御力がupしている。先手の速攻を受け止められたなら、手損よりも飛先不突きの得が生きるという考え方である。 第4章は、△3二金+△8三歩型(6手目角交換)vs▲早繰り銀。第3章第1節とは、後手の右銀の位置が違う。 この形は、第5章〜第6章の4手目角交換や第2章〜第3章の△8四歩型に比べて、防御面でも攻撃面でも中途半端という感じがあり、あまり研究が進んでいない。ただし、4手目角交換で将来後手が行き詰まった場合には、この戦型がスポットライトを浴びることになるだろう。 専守防衛を目指すなら、△8四歩だけでなく、△3二金すらも「不急の手」ということで、現在は4手目角交換が流行している。第5章〜第6章では、この「4手目角交換」を解説する。4手目角交換は、相居飛車系の一手損角換わりだけでなく、「ダイレクト向飛車」にも派生する。それぞれの成否が、もう一方にも影響を及ぼしてくる。 第5章は、4手目角交換のダイレクト向飛車。10手目△2二飛で△4二飛なら▲6五角を防いでいて無難であり、△4二飛も結構指されているが、△2二飛は1手を欲張ったもの。これを直接的にとがめるなら▲6五角、間接的にとがめるなら▲2五歩が試行されている。▲2五歩の意味は分かりにくいので、本文をじっくり読んでいただきたい。 第6章は、4手目角交換の△7二銀型。現在、プロの一手損角換わりでは最も流行っている。早繰り銀に対しては、△5四銀〜△4三銀で柔軟に受ける。後手は従来よりも守備重視になってきている。 2012年12月の竜王戦第4局で指された▲1五銀(打)に対して、詳細な検討が行われ、「先手無理筋」の結論がすでに出されている。 出版時(2013年1月)現在の最新形はp199以降。 本書では、一手損角換わりの歴史を振り返る形で、現代将棋の思想の移り変わり(特に手損や形への考え方)を示すことに成功している。 書名に「思想」を含む棋書には、『現代矢倉の思想』(森下卓,河出書房新社,1999)があるが、十分に比肩しうる出来である。5年後、10年後(またはもっと後年)に将棋戦法の歴史を振り返るときにも、重要なマイルストーンの一冊として輝いているだろう。(2013Mar25) ※誤字・誤植等: p69 「△3三金か△3五銀の二択となる。…(中略)…△3三金の方から紹介しよう。」とあるが、△3五銀の方が見当たらない。 p129 △「△3五銀に▲5八金では」 ○「△3五銀に▲5八金右では」 p153 ×「角交換振り飛車を狙うならば△3三銀一手損なら△7二銀…」 ○「角交換振り飛車を狙うならば△3三銀、一手損なら△7二銀…」 |