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■コンピュータは将棋をどう変えたか?

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コンピュータは将棋をどう変えたか?
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マイナビ将棋BOOKS
コンピュータは将棋をどう変えたか?
[総合評価] S

難易度:★★★★

図面:見開き4枚
内容:(質)A(量)A+
レイアウト:A
解説:A
読みやすさ:A
上級〜有段向き

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【著 者】 西尾明
【出版社】 マイナビ出版
発行:2018年10月 ISBN:978-4-8399-6740-6
定価:1,987円(8%税込) 312ページ/19cm


【本の内容】
【協力】 株式会社ドワンゴ,HEROZ株式会社
序章 なぜコンピュータ将棋から学ぶのか   8p
第1章 コンピュータ将棋が定跡に与えた影響 第1節 相矢倉脇システム
第2節 相矢倉▲4六銀・3七桂型
第3節 相矢倉▲4六銀・3七桂型阻止
52p
第2章 コンピュータ将棋が作り出す新戦法 第1節 横歩取り
第2節 矢倉
第3節 角換わり
第4節 雁木
第5節 相掛かり
第6節 振り飛車
243p

◆内容紹介
本書はプロ棋士の中でもコンピュータ将棋に特に精通している西尾明六段が、コンピュータが将棋にどのような影響を与えてきたのか、その全史を記述した大著です。

第1章で、コンピュータ将棋が人間の定跡に当初どのように影響を及ぼしたのかを綴っていきます。矢倉脇システムにおけるGPS将棋の仕掛け、▲4六銀・3七桂型におけるPonanza新手など、いずれも将棋界に強烈なインパクトを与えたものです。そして、第2章ではコンピュータ将棋自身が作り出した「新戦法」を解説、そしてそれに基づくプロ棋士の工夫について書いていきます。

横歩取り△6二玉型、矢倉左美濃急戦、矢倉における▲6七金(4三金)左型、角換わり▲4五桂速攻、雁木、相掛かり△7四歩取らせ、さらには振り飛車の△6三銀・7二金・6二玉+下段飛車まで、幅広く網羅しています。

「もちろんコンピュータ将棋に対する考え方、距離感は人それぞれですが、少なくとも将棋の勉強をする上で魅力的なツールの一つであることは間違いないと思います」と西尾六段は言っています。

本書でコンピュータが将棋をどう変えたのかを理解しつつ、新時代の将棋の感覚をつかんでいただければ幸いです。


【レビュー】
コンピュータ将棋がプロ将棋に与えた影響を考察した本。

ここ数年で、プロ公式戦の作戦は激変した。例えば、あれほど指されていた矢倉▲4六銀-3七桂、角換わり同型腰掛銀、横歩取り△8五飛などがすっかり見かけなくなり、急戦矢倉や角換わり△6二金-8一飛型などがたくさん指されている。中には「あれ、これ昔の将棋じゃない?」と思うものもある。

「コンピュータ将棋の影響で」とはよく聞くものの、「何がどうなって従来の作戦が指されなくなった」のか、よく分からないという方も多いだろう。さまざまな定跡書・戦術書や棋譜コメントなどで断片的な情報は目に入ってくるものの、それらを総合的に捉えられる本はなかなかなかった。

本書は、ここ数年(2013年頃〜2018年)の将棋戦法の変遷・盛衰を、コンピュータ将棋を軸にして解説したものである。題材には、プロ将棋、コンピュータ将棋(特にfloodgateの実戦譜)、人間vsコンピュータなどの棋譜を区別なく使用している。


各章の内容を、図面を添えながら紹介していこう。


序章は、「なぜコンピュータ将棋から学ぶのか」。西尾が考える理由は3つ。

(1) 実力が高い(強い)
現在は人間がコンピュータ将棋を教師とする時代になった。ただし、最強ソフトで勉強することがベストとは限らない。棋力・スタイルに合った教師(ソフト)を選ぶのが良い。

(2) 指し手が幅広い
2014年くらいから、ソフトが人間の既存定跡よりも、自己対戦による強化学習を取り入れ、序盤が自由になってきた。早い段階から(既存定跡にない)指し手の追求が行われる傾向になっている。

(3) 情報量が豊富
将棋連盟の数十年分の公式戦DBと同じ量の棋譜が、ソフト同士の対戦サイト「floodgate」では1年で生成される。「新手を生み出す」時代から「大量の情報から(人間にとって価値があるもの・使いこなせるものを)取捨選択する」時代になってきた。



第1章は、「コンピュータ将棋が定跡に与えた影響」。既存の定跡・戦法に対して、定跡の修正や考え方が変わったものを解説する。

(1) 相矢倉脇システム
2013年の電王戦・▲三浦弘行△GPS将棋が発端。▲6八角に△7五歩▲同歩△8四銀!〔下図〕の仕掛けが出た。A級八段が公の場でソフトに敗れることと同時に、この仕掛けが成立することは大きな衝撃を与えた。

この後、公式戦では、GPSの仕掛けが先手番で採用されるようになった。部分的な手筋として採用している。

その理由は、
・1筋を突き合うと、角交換〜▲2六銀の棒銀がある
→△1四歩を突かず、△9四歩で様子見
→▲9六歩には△4二角で後手が9筋攻めを狙う
→先手が先にGPSの仕掛けを敢行する
といった流れになる。

(2) 相矢倉▲4六銀-3七桂型
この戦型は、1990年代後半から2010年代前半まで、現代矢倉のど真ん中にあり、研究が進められていた。「91手定跡」というものまで出来上がり、突き詰められたものと思われていたが…。

三浦-GPS戦から1ヶ月後の2013年5月30日、▲羽生△森内戦(名人戦5)。▲4六銀-3七桂型+▲6五歩型(宮田新手)で、「ポナンザ新手」△3七銀〔下図〕が登場した。

これは、2011年1月29日にはすでにBonanzaが指していた手。この手により定跡は修正され、▲3五角→▲6八角が▲5七角になった。また、「▲6四歩に△同角型」の結論にも修正が入っている。

∴長年の研究で結論が出ていた定跡の再点検が進んでいる。(特に矢倉)

(3) 相矢倉▲4六銀-3七桂型阻止
▲4六銀に△4五歩は先手が指せる──が定説であり、▲4六銀-3七桂型がたくさん指されたバックボーンだった。例えば『羽生の頭脳 5 最強矢倉・後手急戦と3七銀戦法』(1993.01)などでも△4五歩の変化は先手が指せていた。

そこで、△4五歩の後、4筋を守らずに△9四歩〔下図〕がコンピュータの新発想。


∴(2)(3)がハードルになって、▲4六銀-3七桂型の採用が減少している。



第2章は、「コンピュータ将棋が作り出す新戦法」。コンピュータが独自に作り出した新戦法で、現在プロで流行している戦法を解説していく。

(1) 横歩取り
横歩取りは、全体では△8五飛戦法や△8四飛が減ってきて、青野流や勇気流がかなり有力視されており、先手が勝ちやすい状況。後手が避ける傾向にあるが、その中でも以下のような新作戦が出てきている。

・YSSの△6二玉型
(p68〜)
2014年3月15日の電王戦、▲豊島将之△YSSで現れた手。〔下図〕

この将棋では先手が圧勝したが、その後研究が進み、先手の急戦策は耐えてそうなことが分かった。急戦見送りなら、△2三銀〜角交換〜△3三桂〜△2五歩から2筋逆襲や、美濃囲いに組むのが有力。

∴手順を組み合わせて、低リスクでの△6二玉型を模索する動きが増加している。

△6二玉型は、横歩取りの戦い方の一つとして定着した。


・横歩取らずの▲5八玉 (p100〜)
互いに飛先を切り合った局面で、先手が横歩を取らずに▲5八玉と立つ。〔下図〕

元々は佐藤康光が指していた手だが、当時は力戦という認識だった。2016年4月9日の電王戦▲ポナンザ△山崎隆之で出現し、注目を集めることになる。

角交換して▲6六角とし、急戦調から一転、駒組みを進めるのが新発想。


・▲7八金と締まらずに▲5八玉 (p108〜)〔下図〕

ついにこんなのまで現れた。この形でも戦えることが分かると、さらに△5二玉と立つ将棋まで現れている。


・▲7八金と締まらずに▲2四歩 (p117〜)〔下図〕

大昔には指されたことがあり、例えば『横歩取り空中戦法』(1974)にはこの変化の研究が載っている。先ほどの▲5八玉がらみで再考されており、floodgateでの実戦例も多い。


(2) 矢倉
矢倉はポナンザ新手、△4五歩反発型が優秀で、▲4六銀-3七桂が減少。さらに△左美濃急戦が強く、5手目▲6六歩も減少し、5手目▲7七銀+飛先伸ばしが増加している。


・△左美濃急戦
(p120〜)
△左美濃の囲い方は以前からもあったが、△6三銀型で△6五歩から仕掛ける〔下図〕のが斬新。後手玉が安定しており、飛を切る攻めも可能。

先手は「居玉ですばやく▲4六角」が有力策。

この左美濃急戦が有力になったことで、旧来の急戦矢倉が「後手で積極的に動くと無理が生じやすい」という認識だったのに対し、「角道を止める矢倉は手数がかかり過ぎ(で対応が遅れている)」と認識が変化していった。

∴左美濃急戦を避けて、5手目▲6六歩が減って▲7七銀が増えている。それにつれて、従来型の急戦も見直し・改良が進んでいる。


・△右四間飛車 (p148〜)
△右四間飛車自体も従来からあるが、やはり△左美濃急戦と似た思想の指し方が採用されるようになっている。2筋の歩交換は許し、玉型は「カニのほろ酔い囲い」。〔下図〕



・△米長流急戦矢倉 (p154〜)
米長流急戦矢倉〔下図〕も従来からあるが、見直しが進んだ。△6五歩▲同歩△同桂の筋が優秀と見られるように。△5五歩の仕掛けも、▲同歩△同銀▲5六歩△8六歩!▲同歩△4四銀!が有力視されている。

▲4六歩の穏健策も、従来は同型矢倉(▲4七銀vs△6三銀)に進むことが多かったが、△4三金左!〜△3二玉から△6五歩の仕掛けを優先させる指し方が試されている。


・△居玉早繰り銀 (p162〜)
居玉のまま銀を繰り出し〔下図〕、8筋で銀交換できる状況を確定させる。ちょっかいを出してから△3一玉型左美濃に囲うイメージ。

初手からの手数が短く、矢倉模様で後手が望めばほぼ確定で指せそうな作戦。


・最新の先手の急戦対策 (p170〜)
5手目▲7七銀とし、飛先を2つ伸ばす〔下図〕。これで複数の急戦を封じることができるが、先手の駒組みも制限される。

この後、バランス重視の▲6七金左型vs△4三金左型や、△米長流急戦矢倉などがある。


・あくまで角道を止めない急戦策 (p174〜)
先ほどの早い▲2五歩に対して、△3三銀と2筋を受けずに、△7四歩から早繰り銀を目指す〔下図〕。もう矢倉とはいえない展開になることも。



(3) 角換わり
かつての同型腰掛け銀に一定の結論が出た後、「単騎桂跳ねの仕掛け」が有力であることが分かり、△4二玉型が増えている。さらにバランスを取るため、△6二金-8一飛の構えが増えた。ほぼ「風車」である。


・単騎の桂跳ね (p179〜)
コンピュータは「桂の単騎跳ね」の仕掛けをよくやっていた。2013年頃はまだ無理攻め気味だったが、現在は形によっては成立する有力な仕掛けの一つになっている。一例は〔下図〕



・▲4八金-2九飛型(△6二金-8一飛型) (p192〜)
バランスの良い構えで、右金が3七を守っている、△3七歩成が飛に当たらない、△4八とで右金を取られても玉との距離が1マス遠いなど、メリットが多い。

加えて、▲6六歩を突かずに▲6六角の余地を残すのも有力。

△4二玉(▲6八玉)型も「囲いの途中」ではなく、玉自ら5三(5七)を守っているという認識になってきた。ただし、戦地に近いので、△4二玉型を咎めようという動きもある。△4二玉の余地を残すため、角交換後の左銀は△2二銀が主流になった。

∴「角換わり同型」といえば従来は〔左下図〕だったが、現在は〔右下図〕である。



(4) 雁木
プロでは角換わり拒否からの序盤で使われることが多いが、従来は「消極的」と見られることも多かった。現在は△6三銀型の新型雁木が登場し、利点を言語化できるようになったことで認識が変化。派生形も数多く現れてきている。

△雁木が有力となると、先手は角換わりの序盤で▲8八銀ではなく▲6八銀型を選ぶようになった。角換わりになれば同じだが、角交換拒否の展開になったときに、一時的に先手玉が堅いので急戦になりやすい。早繰り銀が有力。


・従来型の雁木 (p212〜)
△5三銀型の雁木。△6二飛とのミックスが主流だったが〔下図〕、矢倉△6二飛戦法よりも3手余分にかかるため、先手に主導権を取られやすかった。



・新型雁木 (p217〜)
△6三銀型で、飛は8筋で使う。角交換になった場合も打ち込みに強く、右桂単騎攻めも状況次第では有力。〔下図〕



・様々な形 (p243〜)
ここ1〜2年(2017年〜2018年)で、新型雁木に絡んだ形がたくさん登場している。

 「▲棒銀vs△雁木」
 「相急戦(相早繰り銀)」
 「▲腰掛け銀vs△雁木」
 「相雁木(持久戦系)」
 「相雁木模様△中住まい」
 「△雁木vs▲中住まい」
 「相中住まい」

など。もはや、戦型をどのように書いたらいいのかわからないものもある。


(5) 相掛かり
相手の形を見てから飛の引き場所を決めたいので、飛先交換のタイミングを遅らせるようになってきている。また、「横歩(5筋〜右辺の歩)を取らせる作戦」が拡大中。1997年には内藤国雄が指しているが、再注目されてきている。


・△7四歩を取らせる作戦 (p262〜)
1歩を差し出す代わりに、手得で駒組みを進める。△7四歩のタイミングはいくつかある。〔下図〕は一例。



・△6四歩を取らせる作戦 (p274〜)
歩を取らせて手得するという思想は先ほどと同じ。どういう駒組みを目指すかによって、差し出す歩の筋は異なってくる。飛先を伸ばし合う相掛かりでなくても採用されるし〔下図〕、先手番でも採用され得る。

ある意味、塚田スペシャル系の将棋が再興したという感じになっているようですね。


・▲5六歩を取らせる作戦 (p281〜)
先手が5筋の歩を差し出す〔下図〕。思想は同じで、二枚銀を中央方面で使おうとしている。



(6) 振り飛車
これまで見てきたように、コンピュータ将棋は相居飛車系に大きな影響を及ぼしている。その理由の一つは、将棋ソフトは全般的に振り飛車の評価が低めで、あまり振り飛車を採用していないことが挙げられる。

ただし、相居飛車で「バランス重視」の評価が上がっていることが振り飛車にも影響して、戦い方に変化が見られている。


・美濃・穴熊に組まない (p288〜)
振り飛車の囲いといえば美濃囲いor穴熊がほとんどだが、堅く囲わず下段飛車でバランスを取る指し方が振り飛車にも波及している。〔下図〕は一例。

「堅さ重視」から「バランス重視」の価値観の変化により、従来は「対居飛穴には作戦負け」とされていた形も評価が上がってきている。(例えば藤井システムで雁木になる将棋など)

最初から雁木ライクや中住まいの形を想定している作戦もあったり、トマホークや三間飛車藤井システムからの派生や、三間飛車vs急戦での下段飛車まで出ている。



【総評】
本書を読めば、2018年現在の流行戦法がどのような背景で指されているか、そしてそのほとんどにコンピュータ将棋が関わっていることがキッチリ理解できる

本書は、言ってみれば「現代版『消えた戦法の謎』+現代版『最新戦法の話』, assisted by コンピュータ将棋」といえよう。見かけなくなった戦法と、現在流行している戦法の双方を理解することができ、他書を読むときの助けになることも間違いない。

数年経過して流行戦法が変わったとしても、「ああ、この時はこんな感じだったね」という「戦法史のマイルストーン」としても有用だ。

また、西尾はあとがきにて「コンピュータは(中略)人間の戦い方そのものにも強く影響を与えている」と総括している。また「序盤の『何でもあり』から(中略)秩序を再構築」ともあり、今後の人間棋士の未来を「コンピュータ追従派」「変化球派」「オールラウンダー派」などに分かれると予想した。

これらの見解は、コンピュータと将棋だけにとどまらず、今後AIを活用していく人間たちの未来にも通じていくと思う。数年後、西尾の予言(というか見通し)がどうなったかを確認してみたい。



※誤字・誤植等(初版第1刷で確認):
p78第1図 ×△2三銀→○△2二銀,×▲6八玉→○▲5九玉 (※2手進めてしまっている)
p178上段 ×?「▲4六銀・3七銀型は減少し」→「▲4六銀・3七桂型は減少し」と思われる。
p255棋譜 ×「△5四銀」 ○「△5四銀右」



【関連書籍】

[ジャンル] 
コンピュータ将棋
[シリーズ] マイナビ将棋BOOKS
[著者] 
西尾明
[発行年] 
2018年

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