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マイナビ将棋BOOKS 長岡研究ノート 相居飛車編 |
[総合評価] A 難易度:★★★★☆ 図面:見開き4〜6枚 内容:(質)A(量)A レイアウト:A 解説:A 読みやすさ:B 有段向き |
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【著 者】 長岡裕也 | ||||
【出版社】 マイナビ | ||||
発行:2013年10月 | ISBN:978-4-8399-4857-3 | |||
定価:1,659円(5%税込) | 256ページ/19cm |
【本の内容】 | ||||||||||||||||||||||||
・【コラム】(1)将棋の楽しみ方
(2)棋士になっていなければ (3)上座と下座 (4)持ち時間の使い方
(5)感想戦 (6)羽生先生 |
【レビュー】 |
横歩取りと角換わりを中心とした相居飛車の定跡書。『長岡研究ノート 振り飛車編』(2013.07)の姉妹書。 羽生の研究パートナーである長岡が、今度は相居飛車の最新定跡書を書いてきた。相居飛車もいろいろあるが、本書では横歩取りと正調角換わり腰掛け銀に絞られている。 横歩取りと角換わりは、現在変化の時期を迎えている。著者の言葉を借りれば、横歩取りと角換わりは「新時代」を迎えているのである。これまでは、華々しい攻め合いか、攻め切るか受け切るかの戦いが多かったが、最近は仕掛けのタイミングを探りながら駒組みに微妙な工夫を凝らしていく展開が増えている。 また、考え方の変化に伴って、従来はあまりスポットライトが当たらなかった形も再検討されているし、「志が低い」などと切り捨てられていた形までもが真剣に検証されている。 本書は、そういった横歩取りと角換わりの現状について、長岡が自身の研究手も交えて解説した本である。 各章の内容をチャートを添えながら紹介していこう。 第1章は、横歩取り「以前」の検証。第1節では横歩取りの歴史とそれぞれの特徴をサラッと述べているが、本章のメインは「先手が横歩取りを避けようとする作戦に対して、後手が咎めることができるか」を検証することである。 解説されている指し方を列挙してみる。 ・初手▲2六歩△3四歩▲2五歩 かつて「志が低い」と酷評されていた指し方。『イメージと読みの将棋観(2)』(鈴木宏彦,MYCOM,2010)でもテーマに挙げられたが、トップ棋士6人の評価はあまり芳しくなかった。…が、そのメンバーの一人だった森内名人が名人戦で採用して勝ったため、見直しが行われている。 ・▲7六歩△3四歩▲6六歩 かつて「先手が居飛車党なら消極的」とよく棋書にも書かれていた。現在は、橋本崇載八段が得意としており、後手の対応によって居飛車・振り飛車を使い分ける柔軟な作戦。 ・▲7六歩△3四歩▲5八金右 後手が居飛車党のとき、「飛車を振ってみろ」と挑発する手。 ・▲7六歩△3四歩▲2六歩△8四歩▲6六歩 互いに居飛車を明示してから角道を止めて緩やかな展開を狙う。アマでやる人は多く、かつてはプロから叱られていた手。 ・横歩取らず 横歩取り模様で互いに飛車先の歩を切ったあと、先手が横歩を取らずに飛車を引く。互いにすでに角道を開けているので、純正の相掛かりとは似て非なる将棋になることもある。かつて南芳一九段らの相掛かりを得意とする棋士が採用していたが、米長(永世棋聖)が「横歩を取れない男に負けては…」と挑発した影響もあってか、ここ20年ほどは「横歩を取らないのは気合負け(だから横歩を取るのは当たり前)」という評価を受けていた指し方。 いずれも、かつては何となくネガティブな評価を受けていた指し方であるが、本章では具体的な指し手によって評価を見極めようとしている。 第2章は、横歩取り▲青野流。横歩取りでは、▲3四飛と横歩を取ったあと、▲3六飛〜▲2六飛と飛を2筋に戻すのが一般的だが、青野流では▲3四飛のままで他に有効な手を指していこうとする。 青野流は特に新しい作戦ではなく、△8五飛戦法の登場から比較的初期に指されていた(わたしの記憶が確かなら、2000〜2002年ごろだったかと思う)。それが、△5二玉型中原囲いの登場で意味合いが変わり(後手は△4一玉型にこだわる必要がない)、青野流の見直しが進んでいる。 青野流は、その成否によっては△3三角戦法の存亡にすら関わってくるため、現在の重要な研究テーマとなっている。 第3章は、横歩取り▲8七歩保留型。広い意味で「山ア流」と呼ばれることもある。▲3六飛と引いたあと、▲8七歩を打たない作戦で、変化によっては超急戦になることもある。 この山ア流も特に新しい作戦ではなく、『谷川の21世紀定跡(2) 横歩取り△8五飛戦法編』(谷川浩司,日本将棋連盟,2002)や『横歩取り道場 第一巻 8五飛阻止』(所司和晴,MYCOM,2002)などに詳しい変化が載っている。それが、やはり△5二玉型中原囲いの登場で、後手は△4一玉型中原囲いを目指さなくてもよくなったため、新たな変化が生まれている。 具体的には、▲3六飛に対して、(1)△2二銀、(2)△5二玉、(3)△8四飛のどれを選ぶか。今のところ結論はなく、「Aを選べば先手の作戦Bには自信があるが、作戦Cは嫌だ」というように、仮想敵によって作戦を選ぶことになる。まるでポケモンバトル(対人戦)のようだ(笑)。 この章だけは、他の章に比べて解説がゴチャゴチャしており、変化のつながりを見失いやすい。下記のチャートを参考にしてください。 第4章は、横歩取り△8五飛・△5二玉型。2010年に登場した作戦で、この一手の工夫により横歩取りの全体像が大幅に見直されることになった。 △4一玉型中原囲いは、堅かったが3筋からの攻めには弱かった。それが顕著に出たのが新山ア流で、横歩取り△8五飛戦法は一時は絶滅寸前の状態だった。一方、△5二玉型中原囲いは堅さはさほど変わらないが、2筋・3筋攻めに対して予め早逃げをしている形になっていて、先手からの従来の攻め筋が通用せず、結論が覆っている。 また、先手が形を決めたのを見てから、タイミングをずらして△4一玉型に戻すことも可能である。 もちろん、弱点もある。一つ目は、△3二金が浮いていること。先手からの1筋攻め〜▲1二歩△同香▲2一角の筋が常に付きまとう。これに対しては、長岡のオススメは△2三銀型。△2四歩と打てば非常に堅くなる。従来の感覚では「横歩取りではなるべく2筋に歩を打たない」だったので、これも考え方が大きく変わった例だ。 二つ目の弱点は、玉の深さが足りないこと。特に、後手から7筋を攻めたとき、逆に▲7四歩と打たれると、△5二玉が戦場に近くなっている。 この△8五飛・△5二玉型に対する有力な作戦は、第2節の▲7七角型。後手から△7七角成としたとき、▲同桂が△8五飛に当たるため、後手に制約が多く、相性が悪い。△8五飛・5二玉型を指すならこの形への対策が必要不可欠となる。現状では有力な対策が難しく、流行は△8四飛・△5二玉型(第5章)へ移っている。 第5章は、横歩取り△8四飛・△5二玉型。かつての中住まい(金を左右に上がる形)と違って堅さがあり、また△4一玉型中原囲いへ戻れる柔軟性がある。また、△8四飛型の守備力が強く、先手のほとんどの急戦(青野流を除く)が通用しない。 かつては、横歩取りは「後手は持久戦になると歩損が響くので、手得を生かして後手から先行する」と言われていたが、ここも考え方が大きく変わってきている。 難点は後手からの攻撃力が低いことだが、いろいろな攻め筋が考案されている。また、△5二玉型に共通して、1筋の重要性が高まっている。 先手は、急戦が通用しにくいので、陣形での勝負を狙うことが多い。オーソドックスな中住まい(第1節)や、堅さを同等以上にしようとする中原囲い(第2節)などがある。後手も△7四歩を保留することで1筋攻めの緩和をするなど、横歩取りでの持久戦傾向が高まっている。なお、第4章で強力だった▲7七角型中原囲いは、△8五飛型には強いが、△8四飛型には弱い。 本章では、横歩取りの考え方が変わってきたことがハッキリしてくる。△8四飛型で△7四歩を突くことが少なくなってきており、囲いよりも端歩を優先する方が価値が高い可能性が出てきた。長岡はこれらの傾向を「横歩取り新時代」としている。 ・「(△8四飛・5二玉型で7筋を突かなければ)飛車の横利きと△5二玉型の(3筋からの)遠さによって先手からの速攻はすべて封じているので、後手が駒組みに専念できる」(p213) ・「横歩取りで先手からの仕掛けが難しい形は画期的」(p213) 第6章は、正調の角換わり腰掛け銀。 この20年、角換わりはずっと「同型からの仕掛け」がテーマになっていたが、富岡流が決定版となったため、現在は指されていない。(なお、長岡は「同型に新たな鉱脈が出てくることもありうる」と見ている) 現在の角換わりの基本図では、△7四歩、▲6六歩が保留されている。 △7三歩待機型は、桂頭の傷を作らず先手の仕掛けを封じようとしている。その代わり、後手からの速い攻めもない。これ自体は新しくないが、手待ちの仕方が変わった。従来の手待ちは「△4三金右〜△4二金引」、新しい指し方は「△4二金寄〜△4三金直〜△4二金引」。このわずかな違いにより、先手は仕掛けのタイミングをつかみにくくなっている。 この△7三歩待機型にたいして、▲6七歩型が有力ということが分かった。後手は、意味合いは違うものの結局△7四歩と突くか、△7三歩型で徹底的な待機策を採るか。 現在は、玉の堅さや遠さをできるだけ高めながら、上手い手待ちによって相手の最善形を崩させるかが重要なテーマである。 横歩取りや角換わりは「研究力の勝負」と思われてきた節があった。現在でも研究は進められているが、以前に比べて「大局観や考え方」の占めるウェイトがかなり増えてきている。 また、従来よりも発想が自由になり、いろいろな考え方がぶつかり合う世界になってきている。本書は定跡書──つまり、荒野に決められた道筋を敷いていくもの──のようでいて、一方ではこれまで敷かれた道筋を外れていく可能性を示唆しているという、背反した部分が同居している。 いま、将棋界は「大航海時代」に入ったのかもしれない。(2014Jan31) ※誤字・誤植等(第1版第1刷で確認): ・p106〜107の第3章まとめにおいて、p107の「D図(第2節A図)」だけ図面関係が逆になっている。 例えば、p106の「L図(B図)」は「[既出ページの図番号]([この見開きの図番号])」という関係だが、「D図(第2節A図)」だけは「この見開きの図番号(既出ページの図番号)」という関係になっている。 |