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マイナビ将棋BOOKS 相掛かり無敵定跡研究 |
[総合評価] A 難易度:★★★★ 図面:見開き4枚 内容:(質)A(量)B レイアウト:A 解説:A 読みやすさ:B 上級〜有段向き |
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【著 者】 山崎隆之 野月浩貴 | ||||
【出版社】 マイナビ | ||||
発行:2013年9月 | ISBN:978-4-8399-4819-1 | |||
定価:1,575円(5%税込) | 224ページ/19cm |
【本の内容】 | ||||||||||||||||
・【コラム】相掛かりのルーツ(野月浩貴)/相掛かりを続ける理由(山崎隆之) |
【レビュー】 |
相掛かり▲引き飛車棒銀の専門書。 相掛かりは、マニアックな戦型である。2手目△3二飛を阻止する意味で初手▲2六歩が多少増えてはいるものの、ほとんどの戦型は初手▲7六歩で始まる。さらに、後手が2手目△8四歩として「同意」したときに限り、相掛かりという戦型が成立する。 ただ、アマで後手を持とうという人はほとんどいない。わたしはかつて、将棋倶楽部24で先手番になった時にずっと▲2六歩と指していたことがあるが、相掛かりになったのはほんの1〜2%だった。これは、相掛かりは基本的に先手が主導権を握る将棋になるためであろう。また、入門書には先手が原始棒銀で攻めつぶす順がよく紹介されているし、これまでの相掛かり本はほとんど先手視点のものなので、後手を持って戦うイメージが湧きにくい。 プロでも、「相掛かり党」は少数派である。ただし、少数派であるがゆえに未開拓の部分が多くあり、その「自由度の高さ」に魅かれてスペシャリストたちは相掛かりを指し続けている。また、棋士によって局面の捉え方が大きく異なっていることも、彼らが相掛かりを愛する理由の一つになっている。 そう、相掛かり党は相掛かりを愛しているのだ。 本書は、相掛かりLOVEのスペシャリストである野月七段と山ア七段が、互いの感覚の違いをぶつけながら、相掛かり▲引き飛車棒銀を解説し、語る本である。 各章の内容を、一部チャートを添えながら紹介していこう。 第1章は、定跡編。相掛かり▲引き飛車棒銀の最新流行形を野月が解説し、山アがあとで見解を添える。なお、少し前の流行形は『最新の相掛かり戦法』(野月浩貴,日本将棋連盟発行,MYCOM販売,2010)を参照するとよい。 プロの棒銀は、なかなか2筋を攻める形にならない。また入門書では▲2六銀が良いと書かれているのに、プロは▲3六銀と構え、さらに▲4七銀と引くことも多い。単純には手損なので、「何をしているんだろう?」と思う人も多いはず。 プロの棒銀は、攻めを見せることで後手に受けの形を強要し、「後手が駒組みに手をかけている間に他でポイントを挙げる」(p25)が狙いなのである。本章を読んでいくと、その思想がだんだん分かってくるだろう。たとえば、 ・棒銀を見せて、△8四飛-△3三角型を強要し、歩(△7四歩)などを突かせない。(右の銀桂が使いにくい) ・△3三桂型なら、▲4七銀と引いて▲3六歩の桂頭攻めを見せ、△2四歩〜△2三銀の銀冠を強要する。 といったところだ。 他にも役立ちそうなところをメモしておこう。 ・後手は飛先交換をなるべく保留する。 →▲棒銀なら歩交換後に△8四飛or△8五飛、▲腰掛け銀なら△8二飛を選べるように。 ・p20〜21 1筋の位を先手がとった場合について。 →利点はあるが、中央の手の遅れを後手が衝いてきて、乱戦になりやすい。 なお、野月も山アも「やってみたい」とのこと。 ・▲4五歩と位を取って、▲4六角の設置を狙う。 →△6三銀型に対しては▲4六角を保留すべし。(p35〜の山ア見解) ・p35〜 先手が銀冠に組むための条件について 後手の形は、基本は△8四飛型だが、最近は△8五飛型が注目されている。「△8四飛型よりも(後手が)積極的で乱戦になりやすい」(p42)という特徴があり、これなら後手を持って指してみたい、という人も増えそうだ。2009年の王座戦(山ア-羽生)で指された山ア流▲6八銀の思想も明らかになっている。 第2章は実戦編。野月・山アの二人の実戦を、指した本人が解説し、もう一方が見解を述べていく。総譜は巻末にまとめて掲載されており、解説付き。戦型は相掛かり▲引き飛車棒銀全般で、本書で解説された最新形だけでなく、『最新の相掛かり戦法』に出てきたような少し前の形も扱われている。 対局者は以下の通り。1〜4局目は野月、5〜9局目は山ア、10局目は野月vs山ア。11〜13局目は第三者の対局で、巻末に総譜は掲載されていない。 (1) ▲野月vs△所司和晴 (2) ▲野月vs田村康介 (3) ▲北浜健介vs△野月 (4) ▲野月vs△中川 (5) ▲山アvs△三浦弘行 (6) ▲山アvs△森下卓 (7) ▲山アvs△橋本崇載 (8) ▲山アvs△村田智弘 (9) ▲山アvs△豊島将之 (10) ▲野月vs△山ア (11) ▲丸山vs△屋敷 (12) ▲森内vs△羽生 (13) ▲飯島vs△郷田 相手の将棋に見解を述べていく中で、二人の相掛かり観に様々な違いが明らかになっていく。いくつかピックアップしてみよう。 〔野月〕 ・「2筋命」(p82) ・「棒銀を生かす」(p89) ・「2筋で飛車と銀を活躍させたい」(p133) いったん▲4七銀と引いても、また2筋3筋方面で銀を活躍させることに意識が行きやすい。 〔山ア〕 ・「主導権を握って、駒組み勝ちを狙う」(p82) ・「相手の形を見て、自分の態度を決めたい」(p180) 2筋の攻めは見せ球で、中央志向。左銀を繰り出すのも厭わない。 →「(二人の相掛かりは)目指すべき方向性が全然違う」(p133) ※対談も参照。(p175〜177) 最近は、各棋士の将棋観の違いを比較した本がいくつか出版されているが、ここまで違うのは珍しいのではないだろうか。それも、相掛かりという戦型の特徴であり、魅力なのだろう。 第3章は、野月と山アの対談。司会者が二人にテーマを投げかける形で対談が進行していく。 対談で強調されているのは、「相掛かりは自由度が高い」(p190)ということ。野月・山アの二人とも、プロデビューから2年くらいは相掛かりを指していなかったが、引き飛車棒銀が出始めたころ、研究が進んでいた他の相居飛車(横歩取り、角換わり、矢倉)と比べて「工夫」できそうだと思ったのがきっかけとなり、相掛かりを指し始めている。 定跡化が進んでおらず、工夫できる分だけ、相掛かりは指す棋士によって個性が表れる。また、相掛かりに惚れて指していることも、次のフレーズからうかがえる。 ・「相掛かりを指す人はずっと相掛かり党」(p190) ・「たぶん、みんな自分の相掛かりが王道だと思っている」(p189) 名言! このセリフを聞けただけでも、本書を読んだ価値があったというものだ。 指す将棋ファンの中でも、相掛かりを指さない、または指したことがない人はかなり多いと思う。自分に経験がないと、見ていても何をやっているのか分からず、面白くないかもしれない。 だからといって、戦型が相掛かりだと判明した瞬間に中継を見るのをやめてしまうのはとてももったいない。本書を読めば、相掛かり党が何を考えながら指しているのか、彼らの考えに触れることができる。そして、それは同じ将棋でありながら、違う世界が広がっているのだということを感じられるかもしれない。 古くからあるのに未踏峰の山である「相掛かり」。その麓まででも、一度足を運んでみてはいかがだろうか。(2014Jan17) ※誤字・誤植等(初版第1刷で確認): p71参考2図 ×「コビン攻め狙います」 ○「コビン攻めを狙います」 p216 「N△3三飛」 →棋譜符号にアルファベットが付いているが、解説がない。 p217 ×「上部奪出できて」 ○「上部脱出できて」 |