さまざまな陽動振飛車を解説した本。電子書籍で、Amazon Kindleストアから有料ダウンロードで入手することができる。
一般的に「陽動」とは、「本来の目的・意図を隠して、他へ注意をそらすために、わざと目立つように別の行動を取ること」(デジタル大辞泉より)。
将棋では、通常の展開から急に別の作戦に転じる場合に使われる。矢倉模様から後手が振飛車に転じる「陽動振飛車」が有名だが、「陽動作戦」自体に明確な定義はない。(例えば、奇襲戦法扱いの「奇襲袖飛車」も陽動作戦の一つといえるだろう)
本書は、陽動振飛車を主体とした陽動作戦を数多く解説した本である。作戦によっては、著者の前作『定跡裏街道
〜角交換振り飛車編』(2012.05)に入っていてもおかしくないようなものまで幅広い。
著者によれば、「序盤の一手一手から自分にあった戦略を組み立てていく事の楽しさが陽動振り飛車にはたくさん秘められている事を伝えたかった」(あとがき)とのこと。確かに、定跡に頼らず(または定跡の知識をバックグラウンドとして)、自分の構想力と大局観を頼りに指していく将棋は、充実感がある。ただし、好みは分かれるところだろう。
●レイアウト
・本のレイアウトは、マイナビ系の棋書に準じている。前作では図面の配置が慣れないと読みづらいもの(指し手のスタート図が前のページにある)だったが、本書ではオーソドックスな「指し手のスタート図が同一ページにある」に変更されている。
・前作同様、各戦法の冒頭で、[攻撃力][防御力][挑発度][意外性]をA,B,Cの3段階で表示しているが、これはあまり気にしなくてよさそう。
・指し手は濃い赤、各ページの題字は濃い青になっており、カラーリング良し。(ただし、わたしはKindle
Paperwhite(モノクロ画面)で読んだので、これらは全く反映されていませんでした…)
●入手方法
本書は紙媒体ではなく、電子書籍なので、ダウンロードで入手する。ダウンロードするには、Amazon Kindleストアで購入する。決済はクレジットカードの他、7種類の支払い方法がある。Kindle本体で読める他、タブレット・スマートフォンではKindleアプリで読むことができる。(PCでは、Kindle
for PCが日本のAmazon.co.jpに対応してないらしいが、いろいろ業を使えば読める模様。)
各戦法をチャートを添えて紹介していこう。
第1章は、一手損角換わり編。といっても、普通の一手損角換わりではなく、「一手損角換わりの出だしから始まる、力戦調の振飛車」ばかりである。
出だしの4手目は、現在主流の△8八角成ではなく、△3二金を推奨。理由は3つ。
(1)先手にもう1手指させたい
(2)角交換四間飛車、ダイレクト向飛車がメジャーで対策されやすい
(3)陽動作戦が採りやすい
●裏魔界三間飛車
魔界三間飛車とは、前作の第2章に載っていた戦法で、▲7六歩△3四歩▲2六歩△3二金▲2五歩△3五歩!から、△3三金!〜△3二飛〜△3四金!と2筋3筋を制圧していくのが狙い。本書では、阪田流向飛車の出だしから△3五歩〜△3二飛と魔界三間を目指していく。3筋に駒を集中させて作戦勝ち、という狙いがある。
●モノレール向飛車
創案は佐藤康光。後手があえて飛先を受けずに△4二銀と矢倉を見せ、先手に飛先交換させる。△3五歩!〜△3四銀として、下図のような飛の道を作って、飛先逆襲を狙う。先手が2筋を謝れば、飛先交換の得はすべて消えてしまう。なお、飛の道は4二〜4一〜2一と地下から行く展開もある。
●裏立石
一手損角換わりの出だしから、△4四歩と角道を止めて2筋を無防備にする。飛先交換の瞬間に△4五歩!と角道を開ける。その後も、先手が角道を止めない限りは2筋を受けない(▲2四歩なら角交換から△2二歩で受かる)。先手が角道を止めれば立石流に。立石流と角交換振飛車をミックスしたような戦法で、慣れないと怖い展開も多いが、力戦党にはオススメ。
第2章は、矢倉編。矢倉の出だしである▲7六歩△8四歩▲6八銀△3四歩▲7七銀(or▲6六歩)から、あとで後手が振飛車にする。この展開が、狭義の陽動振飛車である。矢倉に必要な▲6八銀や▲7八金は、対振飛車には不急の一手というのが後手の主張となる。
陽動振飛車は最近プロであまり指されないのは、松尾流穴熊に組める手法が開発されたのが大きい。本章でもそういう展開になるが、いろいろな対策を検討していく。
●陽動石田
6手目に△3五歩を決めて石田流を目指す。戦法の原型は50年以上前からあるとのことで、本節は1973年の▲板谷△原田(B1)をベースにしている。先手が棒金を狙ってきていても「どうぞいらっしゃい」と、△8二玉と入城する(p91)のが著者の新研究。
●裏陽動三間飛車
5手目▲6六歩の矢倉模様に対して三間飛車を目指す。飛先を突かれていないのに△3三角と上がるのが新しい指し方。先手に1手指させてから飛を振ることで、既存の指し方より制約が少ない駒組みが期待できる。駒組みの柔軟性と▲6五歩急戦への対応しやすさが長所、早い△3三角型のため3筋を狙われるのが短所。
●様々な陽動振り飛車
本格的な(?)陽動振飛車が載っている本は少ないが、『変わりゆく現代将棋(下)』(羽生善治,日本将棋連盟発行,MYCOM販売,2010)の第3章でさまざまな形が検討されている。本節はその再検証を行う。
第3章は、角道クローズ型。ノーマル振飛車の出だしから、無理矢理矢倉模様で飛先を突き、居飛車かと思ったら振飛車、振飛車かと思ったら居飛車という、まさに変幻自在。『南の右玉』(南芳一,日本将棋連盟発行,MYCOM販売,2011)が近い。
●陽動右玉
ノーマル振飛車模様からなかなか態度を決めない右玉。△3二銀型のまま駒組みするのが新しい。「序盤から積極的に攻めの姿勢を目指す」(p165)という姿勢で、場合によっては△3一玉型の左美濃にしてしまって堅陣で攻める。展開次第で右玉も左玉も思いのままだ。
第4章は、その他の戦型。
●△3三飛戦法
初手から▲2六歩△3四歩▲2五歩△3三角▲7六歩と進められた場合、△石田流や△ゴキゲン中飛車、2手目△3二飛などは封じられる。プロではあまり顧みられていない序盤だが、2013年の名人戦(▲森内△羽生)で登場したことから、今後研究されるかもしれない形だ。
本節は、そのような出だしでも強引に升田式石田流に組もうというもの。▲6五角の両成りのスキを誘い、▲3三角成に△同飛!と取る。一時的に非常にいびつな形となるが、結果的に2手損ながら升田式に組める。初手▲2六歩対策として覚えておくのも良いだろう。
●横歩取りひねり飛車
横歩取りでひねり飛車ができるのは通常は先手に限られるが、後手でひねり飛車を指すことができるというもの。しかも横歩を取られないので、先手の思惑を大幅に外すことができる。研究よりも力で勝負したい人にはオススメの作戦だ。
●総括
本書の作戦は、「破壊力抜群!」というよりは「定跡から外れた中で、積極的に作戦勝ちを狙っていく」(逆に失敗すれば作戦負けもありうる)というものが多く、即戦力にはなりにくい。
半面、自分で将棋を組み立てていく楽しさにあふれており、さまざまな発想が参考になる。鍛え上げれば、「一生使える、自分だけが使いこなせる作戦」を作り上げることも可能だ。将棋の幅を広げたい方にも、一読の価値があるだろう。
ぜひ、多くの作戦家に読んでいただきたい一冊であるが、本書は非常に誤植が多い(2013年6月18日現在。下記参照)ため、一時的に評価をCとしておく。これらが修正されれば、Aとしたい。(2013Jun29)
※誤字・誤植等(2013-06-18DL版で確認):
p34 ×「第2図以下の指し手」 ○「第2図以下の指し手A」
p40 ×「固さ」 ○「堅さ」 他にp136(2ヶ所)、p140、p143(2ヶ所)、p205
p43参考図 ×[△2二角がハイライトされている] ○[△2三歩がハイライトされている]
p45 ×「無条件に飛車先を突破された形」 ○「無条件に飛車先を交換された形」
p50 ×「第19図以下の指し手@」 ○「第19図以下の指し手」
p52 ×「手動権を握っている」 ○「主導権を握っている」
p54 ×「次節で述べるモノレール向飛車」 ○「前節で述べたモノレール向飛車」
p76 ×「▲3二飛成といきなり飛車を切るのは」 ○「▲3二角成といきなり角を切るのは」
p86棋譜
×「▲7六歩△3四歩▲2六歩△4二飛▲4八銀△6二玉▲6八玉△7二玉▲7八玉△8二玉▲2五歩(基本図)」
○「▲7六歩△8四歩▲6八銀△3四歩▲7七銀(基本図)」
p103 ×「それまでは先手も急戦に対応…」 ○「それまでは先手の急戦に対応…」
p104 ×「間合いを図って」 ○「間合いを計って」
p109 ×「第4図以下の指し手@」 ○「第4図以下の指し手」
p133棋譜 △「▲6七金」 ○「▲6七金右」
p133 ×「第3図以下の指し手A」 ○「第3図以下の指し手」
p134 ×「第15図以下の指し手」 ○「第15図以下の指し手@」
p145 ×「陣形の傷を指しつつ指す」 ○「陣形の傷を直しつつ指す」?
p163 ×?「構想は一筆」 ○?「構想は特筆」?
p169第4図 ×[△3一玉までの局面になっている] ○[もう1手進めて▲8八玉までの局面にする]
p169 ×「第3図は後手の作戦の岐路でもあり」 ○「第4図は後手の作戦の岐路でもあり」
p179 ×「第14図以下の指し手@」 ○「第14図以下の指し手」
p181第16図 ×[△7二飛がハイライトされている] ○[△8二玉がハイライトされている]
p209 ×「基本図以下の指し手@」 ○「基本図以下の指し手」
p209 ×「まずはA▲2六飛から」 ○「まずは@▲2六飛から」
p218 ×「悩み所たが」 ○「悩みどころだが」
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