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横歩取り勇気流 | [総合評価] S 難易度:★★★★★ 図面:見開き4枚 内容:(質)A(量)A+ レイアウト:B+ 解説:A+ 読みやすさ:B 有段者〜高段者向き |
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【著 者】 佐々木勇気 | ||||
【出版社】 浅川書房 | ||||
発行:2020年5月 | ISBN:978-4-86137-051-9 | |||
定価:1,980円(10%税込) | 288ページ/19cm |
【本の内容】 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
・あとがきに代えて(16p) |
【レビュー】 |
横歩取り「勇気流」の定跡研究書。 横歩取り勇気流は、▲3四飛と横歩を取って△3三角と上がった局面で、飛を引かずに▲6八玉と上がる作戦。(ちなみに▲5八玉と上がるのが青野流で、一時は猛威をふるって横歩取り自体が激減していた) 勇気流▲6八玉と青野流▲5八玉は、玉の位置がわずか一路違うだけで、▲3四飛のまま攻勢を図ろうという点では姉妹的な作戦であるが、玉型の違いが大きな違いで、まったく異なる展開になることも多い。プロの実戦例は圧倒的に青野流が多いが、勇気流も有力であると認められており、2018年度の升田幸三賞を受賞している。 本書は、そういった横歩取り勇気流の初めての専門書となる。 各章の内容をチャートを添えながら紹介していこう。 |
最初は、「プロローグ」。勇気流の概要を解説していく。 ・横歩取りで△3三角と上がった局面で、勇気流は▲6八玉〔右図〕と上がる。(青野流は▲5八玉、従来型の横歩取りは▲3六飛) ⇒この局面で相手の手は非常に広く、作戦が分散しやすい。 ・序盤の駒組みは、▲3六歩〜▲3七桂〜▲3八銀(「攻めの理想形」)を目指す。 ⇒飛を渡せる強い戦いができる。 ・間合いを測る▲4六歩や▲9六歩も頻出。また、▲6六角は好点になりやすい。 −▲9六歩は、△9五角を消す、後手玉を左辺に囲いにくくする、などの効果がある。 ・勇気流は「攻めは現代風、囲いは古風」(p7)。 ・攻めは、持ち歩3枚と▲3七桂で、2筋・3筋からの攻略を目指す。 ・8筋の逆襲もある。(勇気流の特徴の一つ) ・右側から攻められたとき、▲7七玉の形が相当詰みにくいのを意識する。 ・▲7六歩は大事な守り駒。 ・4筋で戦いを起こしやすい。(▲5八玉型ではやりづらい) ・勇気流の1号局、▲佐々木勇気△瀬川晶司(2015.08.18)を中盤まで解説している。 −▲6八玉に、△8五飛▲3六歩△2五飛▲2八歩△4二銀▲9六歩…と進んだ。 −自戦記調で、対局前や対局中のエピソードもかなり織り交ぜられている。 −「脚付き盤」の話は、いい話でした。 |
第1章は、「互いに譲れない変化 ──△8二飛〜△2二銀型」。 勇気流の基本図(▲6八玉)から△2二銀▲3六歩△8二飛は、後手は最強の反撃を用意した構え。 先手の指し手は(1)▲3七桂、(2)▲3五飛、(3)▲3八銀、の3つに分岐する。本章では、その3つの指し手の概略を解説し、特に(1)▲3七桂と(3)▲3八銀について検討する。 ・▲3七桂(第1章)は、次に▲8三歩△同飛▲4五桂の狙いがある。後手はその筋を防いで△8八角成から激しくなる。深い研究が必要。 ・▲3五飛(第2章)は、持久戦志向。少しずつポイントを挙げる指し方。佐々木好み。 ・▲3八銀(第1章-3)は、持久戦か急戦かの態度を見せず、様子見。次に▲3七桂なら「攻めの理想形」。 本章の▲3七桂に対し、 ・後手は攻められる前に角交換して、先手の飛に対して銀でプレッシャーをかける。 ・先手は▲8三歩△同飛の形にできるかどうかは急所の一つ。 ・▲7五角に△2四飛と回る形では、▲7五馬からの羽生新手▲5六馬は有力だが、形勢自体は難しい。▲8六馬は、糸谷流▲2三歩以下の猛攻が成立しているかどうか。 ・▲7五角に△8二飛は有力だったが、2017年の名人戦第5局が決定版になり、消えた。 また、▲3八銀に対しては、 ・次に▲3七桂が実現すれば、▲3五飛と引かずに済むので先手の得。後手は戦いを起こす。 ・▲3八銀が通れば駒組みに幅ができるが、もう少し工夫が必要。 |
第2章は、「持久戦から作戦勝ちへ ──21手目▲3五飛」。 第1章で触れた、基本図(▲6八玉)から△2二銀▲3六歩△8二飛に(2)▲3五飛の変化について検討する。 ・▲3五飛は、研究将棋よりもやや手将棋模様。持久戦から良くすることを目指す。 ・後手の構えは中原囲いが多い。先手は「攻めの理想形」に組める。 ・中盤は難しい。 ・先手の指したい手は、▲9六歩、▲8七歩、▲4六歩、▲2五飛など。組み合わせも大事。 ・中原囲いの急所は3筋・4筋。4三Xに成駒を作ると、後手は粘りが利かなくなる。右辺の戦いには▲6八玉型が一路遠いので、強い踏み込みを意識する。 ・逆に、中原囲いに対して、▲8二歩から駒得を目指すのは緩手になりやすい。勇気流では△7三桂と使わせないようにする。△7三桂と活用された場合は、後手に手番が回る前に桂を攻めることに専念。 本章の▲3五飛に対し、 ・▲8七歩と収めて、▲2五飛〜▲2九飛と引ければ先手の理想形。△7四歩と突けないし、△5四歩は後手が立ち遅れる。△8八角成〜△2八角は、佐々木は先手持ちの展開だが、毎回は選びづらいとのこと。 ・▲2五飛は、△2八角と打たれる筋はなくなるが、△7四歩〜△7三桂と活用される。ただし「相手から技がかかりやすく怖い変化も多いが、凌ぐ好手順もある」(p62)。 ・▲4六歩は、中原囲いの玉頭を狙っているが、後手の手も広い。後手に「最善手は何か?」と問う一手。佐々木としては最善手。 ・▲4五桂といきなり跳ねるのは、自分から良くしようとする手。実戦的にはかなり有力。 ・後手が△4二玉型中原囲いにするのもあり得る。玉自ら5三と3三の地点を厚くしている。また、▲2三角成が王手にならない。半面、▲3四桂の筋があるのと、▲3三歩成が王手になるのがデメリット。 ・後手には様々な工夫がある。△8六歩と垂らす。△2七歩と垂らす、あっさり角交換など。 |
第3章は、「中段飛車の使い方 ──△2三銀〜△3四歩型」。 勇気流▲6八玉から▲3六歩〜▲3五飛と引く形に対し、後手が△2三銀〜△3四歩と銀冠にして▲3五飛を追う対策。 ・飛の逃げ場は多い。有力なのは▲6五飛と▲4五飛。 ・先手は▲3八銀-▲4九金の形が理想的。▲4七銀-▲5八金と整えてもあまり効果が上がらない。 ・横歩を取ったところに△3四歩を打たせており、基本的には先手満足。 |
第4章は、「飛車角交換の攻防 ──△3三金型」。 後手が角交換から△3三金として、先手の飛を攻めてきたときの指し方について解説。 ・守りの金を上がっているが、後手の二段目が開通して、△2二飛と回れる。後手は右辺に玉を囲う。 −局面が落ち着いて△2二飛や△6二玉が入れば後手十分。 ・上がった金をいじめつつ、右桂を上手く活用できれば、先手が指しやすくなる。 −△3三金を▲3四歩や▲4五桂で攻めることができるかどうか。 |
第5章は、「気になる変化のその先 ──△2七角型」。 勇気流▲6八玉に対して、△8八角成▲同銀△2七角とした変化の先について解説。この変化は、勇気流では真っ先に気になるところで、青野流▲5八玉と違って▲4九金にヒモが付いていないために発生する。勇気流を部分的に扱った先行本でも触れられており、「先手指せる」の結論になっている(だからこそ勇気流が成立している)が、本章でしっかり確認を行う。 ・△2七角は、△4九角成(金取り)と△4五角成の両狙い。 ・金取りを防いで△4五角成▲2四飛で、△2二銀と△2二歩に分岐。どちらも▲7五角と強い対応で先手が指せる。 −ただし、プロ公式戦で先手3連勝ではあるものの、なかなかの乱戦になる。 |
第6章は、「手得から具体的な良さへ ──△8五飛型」。 勇気流▲6八玉に対して、△8五飛と引く作戦。2筋へいったん飛を転回し、▲2八歩を打たせて、また△8五飛と戻して、△8二飛と引き上げる。 ・後手は飛の動きで手損(先手の手得)しているが、2筋に歩を打たせて持久戦を目指す。 ・先手は2筋に歩を使えなくなる。半面、後手の狙いの△2八角も消える。 ・後手の飛先を連打するのは、強襲が決まれば気持ちよいが、低く構えられると先手難局。 ・タイミングをずらして▲8四歩と垂らすのが有力。 |
第7章は、「飛車のぶつけ、飛車の転回 ──△7六飛型」。 勇気流▲6八玉に対して、早めに後手が△7六飛と横歩を取る展開。 ・△5二玉▲3六歩△7六飛のパターンでは、後手は△5二玉の一手で玉を安定させ、次に△7四飛のぶつけを狙う。 −飛交換後、先手の右辺は「攻めの理想形」になっており、後手は「陣形の低さ」が主張点。 −△2八飛(次に角交換〜△2七角の狙い)と▲2七歩の交換はどちらが優るのか?▲2七歩以外の手はないのか? ・すぐに△7六飛のパターンでは、後手の玉の位置が未定なので駒組みの自由度が高い。ただし、先手も▲3六歩をまだ突いていないので、飛の自由度がある。 −本章では▲8四飛を掘り下げる。(▲3六歩は第10章で) |
第8章は、「後手積極策への対応 ──△5二玉〜△7四歩型」。 勇気流▲6八玉に対して、後手は△5二玉と囲いを一手で済まし、△7四歩から素早く動こうとする。 ・△7四歩に▲同飛は先手のハマり形。 ・自然な▲3七桂に、△8八角成▲同銀△5五角打で、△3七角成(桂取り)と△8八角成(角と金銀の二枚替え)を狙ってくる。 ・△7四歩は、△7三桂の活用の他に、▲8四飛と回れない、△3七角成のあとに△8二馬と引ける、などの効果がある。 |
第9章は、「新しい感覚と力戦 ──△6二玉型」。 勇気流▲6八玉に対して、△6二玉と上がる作戦。2筋・3筋で激しい展開になったときに、玉の遠さが生きる。 ・後手は低い陣形を保つ。持久戦にはしにくい。 ・横歩取りでの△6二玉は、最初は力戦のイメージだったが、少しずつ定跡化が進んでいる。 ※章末に、読売新聞夕刊の佐々木のエッセイが掲載されており、「勇気流の戦術書を執筆している」とあるが、掲載はなんと2017年12月。本書の出版は2020年5月なので、完成まで少なくとも2年半ということになる。w(゚○゚;)w (p286には、2017年の竜王戦決勝トーナメントで、藤井戦に勝ち、久保戦に負けた後、本書の執筆を始めた旨が書かれているので、さらに4ヶ月ほど前の2017年8月ごろが執筆開始のようだ) |
第10章は、「定跡と力戦の総合型 ──△7六飛〜△8六飛型」。 勇気流▲6八玉に対して、△7六飛▲3六歩△8六飛▲3七桂と進んだ局面を考える。 ・後手は△7六飛と横歩を取って、飛を戻す。▲7六歩は先手の守り駒なので、それを削って将来の△7六桂を見ておく。 ・先手は横歩取りに反発するのではなく、「攻めの理想形」を目指す。 −△7六飛に▲8四飛と反発するのは第7章で調べた。 ・後手は持久戦を目指しているので、先手は後手に囲われる前に潰しに行くくらいの気持ちで。(または駒組みを妥協させれば良し) −この方針の場合は、▲3八銀よりも▲9六歩の方が価値が高い。(▲9七角や▲7七桂が可能になる) |
エピローグとなる「あとがきに代えて」では、2017年7月2日の対藤井聡太四段戦のことを16ページにわたって記している。藤井四段のデビュー以来の連勝を29でストップさせ、大きな反響を読んだ一局だ。佐々木勇気は、将棋ファン的には「勇気流の佐々木」だが、世間一般的には「藤井聡太の連勝を止めた人」である。佐々木は当時、ほぼ全ての取材を断っていたが、「自分の言葉で残したいという気持ちがあった」(p272)とのこと。 ・対局の前 −29連勝の藤井vs増田康戦を間近で見ていた件(読売新聞の仕事で取材を見学を兼ねていたが、ワイドショーでは面白く採り上げられていた) −藤井29連勝の号外の束を、将棋連盟職員と間違えられて渡された件(笑) −対藤井戦に向けた準備 ・対局の日 −対局場入りをいつもより少し遅めにした件 −対局室はマスコミでいっぱい。 −戦型は相掛かり▲6八玉型。巻末に棋譜用紙(手書き)のコピーあり。 −棋譜解説はガッツリある。相掛かりスタートだったが、途中で勇気流の形になった。 −テレビでよく取り上げられた▲5八玉は、「第2章、豊島戦の▲5八玉の感触を手が覚えていたので、この手を選ぶことにした」(p282)とのこと。 |
〔総評〕 横歩取り勇気流▲6八玉は、これまでいくつかの本にちょっとずつ書かれているが(『将棋 平成新手白書 【居飛車編】』(2019.02)、『徹底解明!横歩取りの最重要テーマ』(2018.02)など)、専門書は本書が初めて。ただし、基礎的な事項は本書ではほぼ省かれており、最初から専門的な変化に入っていくので、難易度は相当高めであることには注意が必要。 本書は、実戦例やVS(1対1の練習将棋)、佐々木自身の研究を交えながら、物語的に解説を展開していく構成なので、盤に並べながら(または頭の中で並べながら)読んでいく分には比較的読みやすい。半面、「この局面はどうなってるんだっけ」と調べ物をするときには、なかなかたどり着くのが難しい構成になっているので、本レビューのチャートを有効活用してください。 ※本書の構成は、平成初期の伝説的棋書『角換わり腰掛け銀研究』(1994)を相当に意識しており(「まえがき」にも書かれている)、レイアウトだけでなく(見開きの下部1/3に図面4枚が基本レイアウト)、カバーや書体にもかなりのオマージュが感じられる。本の手触りとか、表紙のタイトルが銀の箔押しだとか、ガッツリ“浅川編集”だとか、…) 勇気流の1号局が2015年8月で、約3年で100局指され、本書に載っている実戦例は2019年4月のものが最新。そこからさらに出版まで1年強かかった計算になるが、その1年は「青野流▲5八玉が横歩取りでかなり有力視されて、横歩取り自体がプロ公式戦で激減し、角換わりの大流行、相掛かりの開拓、矢倉の復権が徐々に進んだ時期」なので、2020年8月現在でも本書の内容が最前線だといってもよいと思う。 プロではこのところ、横歩取りがまたチラホラ見かけるようになったので(青野流への対策が見つかりつつある?)、勇気流も少しずつ指されるようになるだろう。そのときの観戦ガイドとなる本がこれまでなかったが、本書がその役目を果たすことになるだろう。 (2020Aug25) ※なお、本書は2020年8月時点で電子書籍がないようです。 ※誤字・誤植等(初版で確認): p151 ×「第14図で△2八歩には…」 ○「第15図で△2八歩には…」 p187 ×「第18図から△5二金上には…」 ○「第17図から△5二金上には…」 第18図はない。 |