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現代将棋を読み解く 7つの理論 最先端の感覚を言語化する──これまでにない論理的将棋観 |
[総合評価] A 難易度:★★★☆ 〜★★★★☆ 図面:見開き4枚 内容:(質)A(量)A レイアウト:A 解説:A 読みやすさ:A 中級〜向き (実践できたら有段者以上) |
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【著 者】 あらきっぺ | ||||
【出版社】 マイナビ出版 | ||||
発行:2020年11月 | ISBN:978-4-8399-7333-9 | |||
定価:1,694円(10%税込) | 232ページ/19cm |
【本の内容】 | ||||||||||||||||||||||||||||
・【コラム】(1)将棋を覚えたきっかけ (2)ブログをはじめた理由 (3)将棋ソフト (4)アナロジー (5)クリップの話 (6)将棋を続けている理由 |
【レビュー】 |
将棋の考え方を解説した本。 将棋には「大局観」という言葉がある。強い人ほどこの大局観が優れており、ある局面を数秒見れば急所に手が行く。ただし、「大局観」は各人の中で消化されて形成されていくので、ブラックボックスになっていることが多く、なかなか明確に言語化されることは少なかった。これまでは、強い人の大局観を吸収するには、大量の棋譜並べや、実戦解説を読みまくるというのが一般的だったかと思う。 強い人は、将棋の多様で複雑な概念を熟知しており、未知の局面でも正しい指し手を選択できる。さらに近年のAIの進化によって、新たな概念が生まれた。高段者はそれに順応していくが、激変についていけていない人も多い。 本書は、「現代将棋の抽象的な概念(≒大局観)」を可能な限り言語化していく本となっている。 本書の全体的な構成は、以下の通り。 ・現代将棋の概念を7つに分類。 −各章は2段階構成。大きな概念と、それに関係したサブ概念を具体例を示しながら解説する。 ・プロの実戦例の局面図を実例のサンプルとして掲載。 −図面の下には、局面図の対局日・棋戦・対局者などのデータや、前の図面からの指し手の進行や、図面の補足解説などが書かれている。 ・各章のまとめでは、ビジネス書のような分かりやすい図解を用いて概念を解説している。 各章の内容を簡単に紹介していこう。(※なお、本書は戦術書ではないので、チャートはありません) 第1章は、「相対性理論」。 ・本書での「相対性理論」とは、「相手との動きを合わせて駒組みを行う」という意味。相手が攻めの手を指すなら自分も攻めの手を、相手が受けの手(守りを固める手、陣形を整える手など)を指せば自分も受けの手を指す。 ・主に平成時代は、出来るだけ玉を固める将棋が主流だった。 ・「攻めの手」を指されたら、「受けの手」で対抗する、という考え方が支配的だった。 −相矢倉▲4六銀-3七桂のように、先手が「最強の矛」を、後手が「最強の盾」で対抗する将棋が多かった。 −互いに最大まで駒組みを行うと、先手が先に態勢が整うため先攻し、後手は防戦一方で勝ちにくかった。 ・後手が自分から攻める展開を目指すようになると、先手は「最強の構え」を目指すことはできなくなった。 −「相手の動きに合わせて駒組みを行う」という「相対性理論」の概念が広まった。 ・互いに相対性理論を使うと、先後同型になることが多い。 −先後同型が互角とは限らない。形勢は状況(駒組みの形)次第で変化する。 −判断基準の一つとして、「動かれた後に敵の本丸を反撃できるかどうか」が挙げられる。 ・局所的な均衡を保つことも増えた。 −居飛穴を狙っていても、端歩を受けておくことが増えた。(場合によっては左美濃や銀冠にシフトするのも視野に入る) ・局面が膠着状態になることも多い。 −後手番では千日手でも構わないので、より意識したい。 −先手番では膠着状態はつまらないので、実は相対性理論を使われたくはない。⇒第2章の「即効性理論」へ。 −「行き詰まり」には注意。指したい手がなくなるケースがある。 ・相対性理論は、「良さを求めるものではなく、形勢を損ねないための考え方」(p13)である。 −ただし、相手より少し優る状態で相対性理論を使うと作戦勝ちになりやすい。(p21) −逆に、相手との囲いの形が違う状態で相対性理論を使うのはリスキー。(p25) 第2章は、「即効性理論」。 ・本書での「即効性理論」とは、「早く効き目が表れる手を優先して選ぶ」という意味。 −「相対性理論」では優位を奪うのは難しいので、積極的な良さを求めている。 −この概念により、仕掛けが早まる傾向にある。 ・居飛車の単騎▲4五桂(△6五桂)は代表例。場合によっては単騎桂跳ねの仕掛けが成立することが分かり、仕掛けの手段が大幅に広がった。 −桂損しても攻めが続き、相手に受けの手を指させ続ければ良し。 ・早繰り銀も例の一つ。攻撃形をすばやく作ることで、相対性理論を使わせない。 −攻め駒を五段目に素早く進出しえて速攻を狙うのは、▲4五桂と同じ思想。 ・振り飛車では、三間飛車でのトマホーク(対居飛穴)や、阪田流向かい飛車の棒金が該当する。 ・受けの手にも即効性理論は当てはまり、囲いに変化が生じている。 −「(玉の)堅さは正義」から、「先攻は正義」へ。 −穴熊は減少した。穴熊の長所が生きるのは終盤だが、穴熊へ組み替えている間に先攻されることがある。 −囲いの簡略化が増えた。すばやく固めて動くため、左美濃が増加。左美濃は持久戦にもシフトできる。相居飛車では玉を1つだけ動かして仕掛けることも増えた。 −居玉は増加している。相居飛車や相振り飛車では、玉の移動よりも、攻め形や囲いの骨格を優先することが多くなった。 ・互いに「即効性理論」を使うと、結果的に「相対性理論」を使っているような状態になる。 ・速攻されてそのまま潰されないためには、備えが必要。⇒第3章の「耐久性理論」へ。 第3章は、「耐久性理論」。 ・本書での「耐久性理論」とは、「速攻を封じるための駒組みする」という意味。 −相手の速攻を防いだり、相手の攻めを凌ぐ布陣を作るのが目的。 −歩をぶつけられないような(争点を与えないような)手順を考える。 −囲いを構築して耐久力を上げるよりも、争点を消して戦いに備えることを優先する。 ・矢倉での5手目▲7七銀が一例。 −5手目▲6六歩だと、争点を与えて後手の速攻が可能になる。 −▲6七歩型のままだと△6五桂と跳ねられやすいが、▲6八角と備えて8六に利きを足しておけば大丈夫。 ・早繰り銀に対して、従来は突き違いの歩が効果的と考えられていた。 −早繰り銀の一次攻撃は防げるが、腰掛け銀にシフトされたあとに争点をケアできず、二次攻撃を受けやすい。 −囲いの骨格を崩してでも、銀対抗の形で受ける発想が出てきた。 ・対振り飛車での▲4六銀-3七桂型も一例。 −この形に対して振り飛車側から動くのは難しい。 −動きを封じた後に相手よりも堅い囲いを目指せば作戦勝ち。特に、左美濃からなら銀冠〜銀冠穴熊へと移行できる。 ・玉を守備の要として使うケースが増加。 −玉を囲うよりも、玉自ら守備の一員として働かせる。「玉を守る」のも大事だが、「玉で守る」のも大事。 −下手に玉を囲うと、陣形の守備力が落ちて、仕掛けを誘発することがある。 −玉を守備に使うと、囲いが簡略化できて、速攻しやすくなる。 ・「争点を消す」のは理想形を目指すため(いま戦わないため)、「玉で守る」のは急戦に強くなるため(すぐに戦うため)、と目的が異なる。 −二つの両立はできない。(※もしかしたら、章を分けて別の理論にした方が良かったかもしれない) ・「相対性理論」と「即効性理論」と「耐久性理論」は三すくみになっている。⇒第4章の「可動性理論」へ。 第4章は、「可動性理論」。 ・本書での「可動性理論」とは、「駒の効率を最大限に高める」という意味。 −大駒の利きを増やしたり、通り道を作ったりするのが基本。 −玉の「堅さ」よりも「広さ」を重視する(玉の可動域を増やす)のも「可動性理論」の影響といってよい。 ・▲4八金-2九飛型が一例。 −下段飛車が広範囲に利いている。守備力が高く、カウンターに備えているので、強気の攻めを狙える。 ・角換わりで▲4五歩と位を取ると、桂の可動域を減らしてしまうが、将来の角の可動域が増える。 −▲2九飛型での▲4五歩が、後手の△8六歩の歩交換への備えになることがある。 ・ミレニアムは角の可動域が広い。角道を止めずに堅く囲えるのがメリット。 ・手損や歩損してでも大駒の可動域を広げる方が得になることがある。 −矢倉急戦で、▲7七銀を▲6八銀と引く手が一例。(※以前は、「こういう手は手損なのできない」という記述がよく見られた) ・広い玉型ならば、一方向を攻められても逆方向に逃げ込むことができるので、分かりやすい攻めを回避できる利点がある。 −自分の玉型は広くしたいが、相手の囲いはなるべく拡げさせないようにする傾向がある。 −自分の駒組みが遅れることよりも、相手の囲いが広くなることの方が損が大きいと考える。 −対抗形の将棋では、盤面全体が戦場になることは少なく、戦いが局地的なので、堅さの方が価値が高まりやすい。 ・自軍の戦力を高める概念はもう一つある。⇒第5章の「保全性理論」へ。 第5章は、「保全性理論」。 ・本書での「保全性理論」とは、「特定の駒や自陣を安全にする」という意味。 −防御の概念で、他の理論を補助する役割がある。(特に「可動性理論」を補助することが多い) −いわゆる「バランス重視の駒組み」は、第4章の「可動性理論」と本章の「保全性理論」の組み合わせといえそう。 ・攻め駒を狙われる(「攻め駒を責める」)と、攻めが頓挫することがある。 −▲4八金-2九飛型は、「可動性理論」であるとともに、「保全性理論」でもある。▲4八金の守備力で、飛を責められる手を防ぎ、桂がいなくなった後の3七の空間をカバーしている。 −中盤で、離れ駒の金銀を玉に近づけるよりも、陣形のスキをなくす方を優先することがある。 −金に防御を任せることで、他の駒を動かしやすくなる。 ・「攻め駒が攻め駒を保全する」という、考え方もある。 −例えば、一石二鳥以上の自陣角がある。(敵玉をにらみ、自陣の攻め駒にもヒモを付ける、など) −石田流本組もこの考え方。飛桂が互いの弱点をカバーしている。 ・攻撃重視の傾向がある中では、「保全性理論」によって攻め形を確保するのは大事。 ・「クリップ」という、自陣の強度を高める技術がある。 −「クリップ」は筆者の造語。 −片美濃囲いのような、金銀をナナメに連結させる形のことをいう。連結が強く、守備範囲が広い。 −相掛かり系の将棋での▲3八銀型や、雁木の陣形などに現れる。(※木村美濃、銀冠、銀矢倉、土居矢倉の右辺、エルモ囲い、そしておそらくアヒルも含まれる) −中終盤に「クリップ」を作り、一時的に自陣の守備力を高めると、無理気味な攻めを通せることがある。 −守備範囲の広さ、一時的な堅さにより、間接的に「攻め駒の保全」になっているといえる。 −短手数で作れる形なので、「即効性理論」とも相性が良い。 ⇒個人的には、本書の中でいちばん腹落ちの良かった概念だった。もちろん、普段から無意識に使っていたテクニックだが、これを意識していれば、「仕掛けの前にちょっとだけ待って、クリップを作ってから攻める」とか、「相手にクリップを外しに行く」といった言語化がしやすいように思う。 なお、本書では触れられていないが、クリップは銀を責められると連結が外れて働きを失いやすい。「手軽」で「しばらく固定される」というのが「クリップ」の名前の由来だそうだが、「簡単に外れる」という特徴からも、ピッタリのネーミングだと思う。(※「クリップ」は強度があるイメージがないので、「ホッチキス」や「ステープル」の方が合ってるかもしれないですが) 第6章は、「局地性理論」。 ・本書での「局地性理論」とは、「戦いの範囲を絞る」という意味。 −敵陣を突破するときに必要な概念。相手の守備駒と接触するので、戦う範囲を絞り、戦力を集中させる必要がある。 ・「可動性」と「保全性」で戦力を高め、「即効性」で攻めて、「局地性」で敵陣突破、という流れが現代将棋の勝ちパターンの一つ。 ・駒損しているときは戦力が少ないので、戦力を一点集中させることが必要。 −駒損回復のために遠くの駒を取りに行くと、戦力が分散して、かえって駒損の影響が顕在化してしまうこともある。 −駒得しているときは戦力が多いので、戦う範囲を広げるのが有効。 (※「不利なときは戦線拡大」という格言と混乱しやすいので注意。) ・「有利な場所で戦う」「不利な場所では戦わない」という考え方も、この理論に含まれる。 −第1章の「相対性理論」による「相手よりほんの少し優った状態」の場所で戦うのが良い。 ・戦いの場所を局地的にすると、香の価値が上がり、角などの価値は下がることがある。 −香は直線に利く「一点集中型」の駒で、角はナナメに広く利く「拡散型」の駒であるため。 −端角に対して、角香交換が実現しても、角を手にした側の有効手がないことはよくある。 −棒銀での端攻めも、銀香交換でOKなのが、有名な例。 −角を持っているときは広く戦い、香を持っているときは狭く戦うのがよい。 第7章は、「変換性理論」。 ・本書での「変換性理論」とは、「終盤や最終盤では、損得の価値観が変わる」という意味。 −「終盤は駒の損得より速度」という格言として古くから表現されている。 −特に、囲いの金は価値が高い。 −特定の駒の価値が高まることもある。「桂があれば」「ナナメ駒があれば」という状況では、中盤までの駒の損得勘定は一変する。 −「速度」の意味は、「駒を捨ててでも手番を取る」ということ。 −第6章の「局地性理論」を使うことで、少ない駒でも寄せることができる。 −逆に、相手の攻め駒を自玉から離れさせることで、寄せの速度を落とせる。 −相手が駒を移動してできた空間に捨て駒をして手数を稼ぐのは強力。(※詰将棋の「逃げられて困るところに捨て駒」と似ているかもしれない) −敵玉の安全度を下げる(自玉の安全度は上げる)、玉を危険地帯へ呼ぶ、なども意識したい考え方。 −駒を見捨てても自玉の広さが確保できればOK。(駒を取られて堅さが増すことはない) ・捨て駒ばかりだと戦力が減りかねないので、ひとつの目安として「四駒方式」が有効。 −「四枚の攻めは切れない」という格言として、昔からある考え方。 −寄せの速度は、確実性と反比例するので、バランスが必要。 −指針として、「四枚の攻めなら切れない」ので、攻め駒が三枚以下なら補充をめざし、五枚以上あるときは駒を捨ててでもスピードアップをめざすのが、終盤の大局観となる。 −寄せの前に攻め駒が五枚以上あれば、一気の寄せを狙うことができる。 ⇒「寄せの手筋の本や、終盤の本をたくさん読んでいるのに、なぜ自分の寄せは遅いのだろう」と思っている人は、もしかしたら攻め駒が少ない状態で焦って攻めこんでいるのかもしれない。「四駒方式」を取り入れるだけで、あなたの終盤が変わるかも。 〔総評〕 本書は、現代将棋において重要な概念を7つに分類し、それぞれの関係性も含めて解説(言語化)している。各章は2段階になっており、大きな概念と、やや小規模だが具体的な概念とで構成されていた。(高校数学でいえば、「定理」と「重要公式」がセットになっているイメージに近い) 本書は、級位者や有段者などの棋力にはあまり関わらず、読んだ人によって感じ方が大きく違うかもしれない。 多くありそうな感想としては、 ・「そういうことだったのか、なるほど!目からウロコが落ちた」 ・「ちょっと何言ってるか分からないですね」 ・「言葉が難しく感じる」 ・「言いたいことは分かったけど、自分は従来の考え方で戦えている」 ・「自分はもっと上手く言語化できている」 など。非常に近い印象の棋書として、『将棋新理論』(谷川浩司,1999)が思い浮かぶ。 わたし自身は、「なるほど、現在のプロ将棋の考え方を、このように言語化することもできるのか」と思った。 また、自分ではあまり納得しにくい理論については、「相手が指してきたときは、こういう価値観に基づいて指しているのだろう」と考えれば役立つように思う。 各章の内容の中で、一つでも「おっ、今まで自分がなんとなくこうだと思っていたことって、言語化するとそういうことか…?」と思えたものがあるなら、読んでみる価値は十分あるだろう。自分の中の将棋観が少しでも明確になれば、これまで迷いながら指していたところで自信を持っていけるようになるのだから。わたしは、第5章の「クリップ」と第7章の「四駒方式」がこれに該当していたので、即採用としたい。 (2020Nov27) ※なお、現代将棋では、本書に載らなかった考え方もまだあるように思う。例えば、 ・最近はなかなか角道を開けない将棋もときどき見られ、「(いい時機が来るまで)駒を交換する機会を作らない」という考え方。 ・相掛かりでは互いになかなか飛先歩交換をしない展開が増え、「相手に先に形を決めさせたい」という考え方。 ・対抗形で、玉側の桂を攻めに使う「ミレニアム」や「耀龍四間飛車」などの駒組み。 ・対抗形で、玉が相手の角の利きに入らないようにする駒組みの価値が注目されていること。 これらは、本書前半の序盤理論だと、該当するものがないように思える。(当てはめることができるかもしれないが) あとがきに「本書の内容は…ごく一部に過ぎないだろう」と書かれており、これからも新しい概念は登場するだろう。 |