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マイナビ将棋BOOKS 奇襲振り飛車戦法 〜その狙いと対策〜 |
[総合評価] B 難易度:★★☆ 〜★★★☆ 図面:見開き4枚 内容:(質)B(量)B レイアウト:A 解説:A 読みやすさ:A 中級〜上級向き |
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【著 者】 飯塚祐紀 | |||||
【出版社】 マイナビ | |||||
発行:2014年12月 | ISBN:978-4-8399-5372-0 | ||||
定価:1,663円 | 224ページ/19cm |
【本の内容】 | ||||||||||||||||||||||||||||||
・【コラム】(1)米長先生 (2)升田先生 (3)将棋ウォーズ (4)将棋ソフト (5)その他の奇襲戦法 (6)阪田三吉の阪田流 (7)タイトル戦で指された角頭歩 (8)現代に生きる鬼殺し |
【レビュー】 |
奇襲戦法の解説書。 ネット将棋が普及するにつれて、奇襲戦法を指せる機会は増えている。かつては、将棋は知り合い同士や、道場などの限定されたコミュニティで指されることが多かったため、奇襲戦法は一度は通用するものの、次第にみんなが警戒するようになってくる。また、「奇襲戦法ばかり使っていると上達しないよ」とアドバイスされることもあり、特に上達を志す人が奇襲戦法を指すことは少なかったように思う。 しかし、将棋倶楽部24の登場によって、不特定多数と指せるようになり、奇襲が決まる機会は多くなった。将棋ウォーズが流行してからは、超早指し戦が多く指されていることもあり、その傾向は強まっていると思う。逆に言えば、メジャーな奇襲への対策がなければ、何度でも同じ筋にハマってレーティングが上がらない、そんな時代になっているのだ。 本書は、特にネット将棋で猛威を振るっている振り飛車の奇襲戦法を解説したものである。 本書で解説されているのは、10戦法+α。「+α」の部分はコラム5, 8に書かれているもので、金沢流3手目▲6六角、森安流袖居飛車穴熊、門倉流初手▲7八飛の3戦法。合計13戦法が紹介されている。 これらの戦法は、実は過去の奇襲戦法の本にも紹介されたものが多い。ただし、過去の本では主に成功例のみを示していたことが多かったが、本書では成功例(狙い筋)と対策の両方が書かれている。オビでは「ネット将棋で面白いように勝てる10の戦法」と煽りコピーを入れているが、どちらかといえば対策を重視して書かれている傾向がある。 いずれも、将棋ウォーズの3分切れ負けなどで飯塚が実際に何度も試してまずまずの成果を得たとのことで、単なる机上論や級位者だけがハマるというものではない。 各戦法を、チャートを添えて紹介していこう。なお、各戦法が紹介されている過去の本のリンクも添えておくので、興味のある方は参照してほしい。 第1章は、△原始中飛車。将棋を覚えたあと、まずやられて困るのがこの戦法だ。昔の多くの初心者本に載っていて、『奇襲虎の巻』(神谷広志,MYCOM,1994/2003)などにも掲載がある。玉の囲いもそこそこに銀を進出する型が有名で、5筋の歩を交換してきた瞬間に、2筋を継ぎ歩で反撃する…というパターンが歩の手筋の本に必ず載っている。 しかし、本章の型は、従来と違って攻撃形構築は後回し。片美濃囲いと△5一飛(銀の割り打ち防止)を優先し、陣形が整ったらおもむろに角道を開けて角交換する。その後銀を進出させ、中央突破と2筋逆襲の2つが狙いとなる。 実はこれらの手法は、▲中飛車での狙いそのもの。後手番であるために、▲中飛車でできた筋の多くが無効となるが、それでも有力な筋が2つ残っているというわけである。 先手の対策は、一段金で▲4六銀を急ぐのが急所。5筋の仕掛けには▲5二歩の手裏剣から▲4一角の割り打ちを用意し、2筋逆襲前の△3三桂には▲3五歩の仕掛けを用意しておく。持久戦になったら、常に地下鉄飛車を意識しておこう。 第2章は、▲端角中飛車。部分的には、将棋マンガ『5五の龍』(つのだじろう,中央公論社,1978〜1981)などで出てきた。深浦vs羽生のタイトル戦でも指されたことがある。 中飛車と端角で中央を集中攻撃するという、シンプルながら破壊力の非常に高い戦法で、いつの時代も「アマ級位者がやられて困る戦法」の上位入賞は間違いない。 対策としては、8筋の飛先を伸ばす前に△3二玉まで囲い、とにかく▲9七角のラインを避けて、金銀で中央を厚くする。△4四歩〜△4三金まで入れば安心。早めに仕掛けられても、飛角歩だけの攻めなので、落ち着いて受ければよい。 第3章は、△石田流。無理筋とされる△早石田や、最近流行の△4→3戦法ではなく、後手番で角道を止めてから早めに△3五歩を伸ばし、石田流本組を目指す型。「完成すれば隙がない」(p75)であり、理想形をみすみす許すと非常に厄介だ。 対策としては、まず対石田流の基本形▲4七銀型を作る。そして、振飛車側の駒組みの手数がかかるのを見越して、居飛車の玉型は天守閣美濃にする。天守閣美濃は玉頭攻めに弱く、藤井システムなどで一時は絶滅に追いやられた囲いであるが、逆にいえば玉頭攻めさえなければ短手数で堅陣に組め、側面からの攻めも遠いという利点がある。 駒組みさえ完成すれば、状況に応じて3筋か4筋から仕掛けていけば、互角以上に戦える。 なお、この章は、奇襲側の成功例の紹介はない。 第4章は、▲鬼殺し。初心者殺しのハメ手として有名だが、有名すぎて近年の本にはあまり書かれていない状態が続いていた。 序盤早々に飛角の上に跳ねる▲7七桂が、▲6五桂と活躍できるとなかなか大変。この筋自体は、近年の角交換振飛車の序盤にも現れる。 対策は、△6二金が古くから有名だが、対鬼殺し限定の変な形の受け方なので、あまり初心者が覚えたくはないところ。本章では、△6四歩(▲6五桂と跳ねさせない)の方を推奨している。 第5章は、△急戦向飛車。ノーマル振飛車の出だしから、△3五歩を早めに突いて石田流本組を見せ、▲2五歩を誘って向飛車にする。後手の左銀がスムーズに進出できるので、のちの△2四歩の仕掛けに対して先手は飛交換を拒否する(▲2五歩と謝る)ことはできず、後手の望みである大駒総交換になりやすい。 先手は、早い△3五歩を咎めるため、▲4七銀型で3筋逆襲を見せて仕掛けを急がせる。飛交換にはなるが、直後に▲2二歩が急所。 ▲4七銀型は本書の他の戦法でもよく出てくる。パッと見では、その安定感が分からないため、級位者がおろそかにしがちだが、特に△3五歩型に対して有効になることが多い。3筋逆襲と▲4五歩の仕掛けを同時に見ることができるからだ。 第6章は、△強引向飛車。これはまだ確定した名前ではなく、飯塚による仮称。近年見直されている▲2六歩△3四歩▲2五歩のオープニングで、通常は△3三角だが、これは後手に形を決めさせている(選択肢を与えていると見る棋士もいる)。本戦法では、4手目△3二銀!とし、あえて飛先交換させて2筋逆襲を狙う。 ハメ手臭く思えるが、この逆襲が成功するなら、このオープニングに対して後手の選択肢が広がることを意味するため、プロでも関西を中心に真剣に研究されているのである。 第7章は、△阪田流向飛車。一手損角換わりの出だしから△3三角と上がって角交換させ、△同金と取るのが特徴。その後、向飛車から棒金で2筋を逆襲する。銀ではなく金なので、途中で△2五金→△3五金という動きができる。 先手の受け方は、▲3八銀〜▲3六歩の中川流が対策の急所。 かつて小林健二(現九段)が連採したことがあり、飯塚は将棋世界の付録に講座を書いたことがあるそうだ。現在でも稀にプロの実戦で指されるが、飯塚自身も後手がつらいと思っているようで、あまり後手の戦果は芳しくない。 第8章は、△鬼六流どっかん飛車。小説家の団鬼六(故人)が用いた戦法で、『奇襲大全』(湯川博士,MYCOM,1989)で紹介されている。 いきなり△5二飛と原始中飛車にし、△7二金!が眼目の一手。これで角交換後の▲6五角の筋に備えてから、角道を開ける。▲2四歩には、常に角交換から△2二飛とぶつけるのが狙い筋。飛をぶつける音のイメージが「ドッカン」で、升田式石田流の基本変化にもよく出てくる。 かつて『奇襲大全』で見たときは、△7二金が奇異な感じがしてハメ手臭さを感じたが、現代ではゴキゲン中飛車でもときどき見かけるようになったし、相振りの囲いとしても有力視されているためか、今ではかなり優秀な戦法に思える。団氏は先見の明がありすぎたのかもしれない。 先手としては持久戦にするか、2筋の攻防で△1二飛とされたときに▲7七角!の中庸策を採るか。 第9章は、△角頭歩戦法。あえて弱点である角頭の歩を突き出すという、ハメ手色の濃い戦法だったが、角交換振飛車の浸透した現代では「これも十分あるか」と思える。 かつて米長邦雄が公式戦で連採し、ついに中原誠とのタイトル戦で登場したものの、▲角頭歩に対して△4四歩と指され、命脈が途絶えたとされていた。その基本変化は『角頭歩戦法』(米長邦雄,山海堂,1974)に詳しい。 先手が2筋を攻めてきたら、角交換から△3三桂〜飛ぶつけが一連の反撃。 先手の対策としては、中原流の角道止めが安定の受け方ではあるが、現代では単純にこれで「角頭歩破れたり」とはならず、△4四角!〜△2二飛が手ごわい。 本章でもっとも有力視されるのは、一見ぼんやりとした▲6八玉。6七の地点をケアしているのが実は大きく、さまざまな隠れ変化を封じることができる。ただし、これだけで角頭歩作戦を撃退とまではいかない。 角交換四間飛車やダイレクト向飛車が得意なら、奇襲として極めるのもアリだろう。飯塚の評価も「奇襲戦法の一角として命脈を保っていくのではないか」(p212)とある。 第10章は、パックマン。これも『奇襲大全』(湯川博士,MYCOM,1989)に載っている。2手目△4四歩?!でわざと歩を取らせ、乱戦にするのが狙い。 本章では、「△4四歩を取っても先手良し、取らなくても先手良し」という評価で、現状ではハメ手にとどまっている。 その他、コラムに登場した3戦法をご紹介しよう。 |
・金沢流3手目▲6六角 ▲金沢孝史△西尾明(王位戦,2014)で登場。角頭歩戦法と同じような向飛車が含みと思われる。 〔左図〕以下、角交換から△6七角には▲7八飛!で受かっている。 |
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・森安流袖飛車穴熊 ▲森安秀光△真部一男(王位戦,1988)で登場。比較的オーソドックスな袖飛車(昭和初期〜中期には袖飛車はプロの有力戦法として結構指されていた)から、▲3七玉!?〔右図〕から穴熊にする。 『奇襲大全』(湯川博士,MYCOM,1989)には「森安流棒玉穴熊戦法」として紹介されていた。流行はしなかったが、飯塚は「穴熊の評価が高い現代では復活もあるかも」(p148)としている。 |
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・門倉流▲7八飛 ▲門倉啓太△遠山雄亮(C2,2012)で登場。2手目△3二飛が成立するなら、初手▲7八飛も…と門倉が思ったかどうかは不明だが、順位戦で投入して結果も出ている。 実はわたしもこの戦法を100局くらい試しているが、勝率は6割以上はあった。2手目△3二飛とは似て非なる変化があり、特に玉の囲い方で悩ましいところがあるが、鬼殺し的な筋やパックマン的な筋を駆使するのが楽しい。 難点は、持久戦になってしまうと先手の良さがあまり出ないところか。 |
20年以上将棋を指している人には、一部を除いて「なんだ、有名な戦法ばかりじゃないか…」と思われるだろうが、奇襲戦法というのは一度本に書かれるとそれからしばらくはなかなか書かれなくなる(既出ネタという印象があり、出版しにくいのだろう)傾向があり、現代ではそれほど対策が浸透しているわけではない。 オールドファンは、若い時を思い出して使ってみるのも面白いだろう。若い人は、ネットで奇襲流行ゾーン(主に級位)を抜けるために、本書で対策を確認しておこう。 また、鬼六流、角頭歩は単なる奇襲ではなく、総合戦法的な使い方も可能なので、本書を読んで「芽があるかも」と思ったら、しばらく使いこなせるまで指してみてはいかがだろうか。(2015Jan20) |