相掛かりの定跡指南書。
相掛かりは、アマでは人気がない。初手▲2六歩と指したときに△8四歩と来る確率は、わたしの経験上では1割程度である。
プロではある程度指されているのに、どうしてアマでは人気がないのか?その理由は、次のようなことが考えられる。
(1)「相掛かりは定跡化が進んでおらず、本を書きにくい」
→「本がないので指しにくいし、仮に指しても共通の知識がないのですぐに力戦型になってしまう」
→「人気がなくなる」
→「本が売れないので出版されない」
→以下ネガティブスパイラル
(2)後手で互角にor面白く戦える戦型が紹介されていない。
相掛かりの本を紐解いてみると、ヒネリ飛車や塚田SPの本などをはじめとして、「先手が終始ペースを握る」「先手有利の変化で終わる」というものがほとんど。また、プロの勝率も先手が5割3分を少し超えており、他の戦型よりも先手勝率が高い。これでは後手を持つ気にはならない。 |
ということは、「相掛かりの魅力と指し方を分かりやすく伝え、また先後ともに面白く戦える指し方を解説した本があれば、相掛かりの人気は少し上がる」のではないだろうか。そして、その需要にズバリ応えた本が本書である。
相掛かりの専門書としては、なんと『羽生の頭脳 8 最新のヒネリ飛車』(羽生善治,日本将棋連盟,1994/2010)以来16年ぶりの新刊となる。
読んでみて、本書の特徴をいくつか書き出してみた。
・盤面のレイアウトがよい。
−棋譜のスタートと盤面はほぼ一致しており、必要なところには再掲図もたいていある。
−図面の下に補足(単なる本文の書き直しではない)が書かれているのが◎。
・細かい定跡手順よりは、狙い・思想や、攻め方・受け方の例示が多い。
−銀冠を目指す△2四歩に▲同飛と取れる例、取れない例
−△6九角の筋、▲6一角の筋
−▲6八玉型と▲6九玉型のメリット・デメリット
・先後が公平で、ココセ順は少ない。
−後手の勝負の仕方、後手に楽しみのある戦型の解説も多い。
・コツを伝える言葉がときどきある。
p158「戦いのパターンは限られているので、微妙な組み合わせの違いで工夫をするのだ。」
p164「第6章で使っている攻めの手筋は、第1章から読んでいくとその中にほとんど出ている。」〜「手筋をいっぱい覚えておくことが大切だ。」 |
また、全編にわたって、野月の「相掛かり愛」が感じられる。別に偏愛的な意味ではないが(笑)、相掛かりの魅力をできるだけ言葉で伝えようというオーラがどことなく感じられるのだ。
・岐かれの局面では、著者がどちらを持ちたいか書いてある。「わたしなら先手(後手)を持ってみたい」
・p179「最も愛着があり、大好きな戦法だからこそ、一手一手に自分なりの意味を込めて戦いたい」
・p212「(第6章第2項の棒銀を左に活用する順は)いわば自分だけの定跡手順だった。」 |
各章の内容と印象を少し書き出してみよう。なお、本書は網羅・分岐型の書き方はされていないので、自作チャートは作成しなかった。
第1章 相掛かりの基礎知識
▲2六飛型・▲2八飛型の概説、5手爆弾(▲7八金と締まらずに▲2四歩)
第2章 腰掛け銀戦法
△8四飛型と△8二飛型、1992年の竜王戦第5局(羽生vs佐藤康)がベース。
第3章 ▲3七桂戦法
▲2六飛vs△8四飛型が消えたのはこの戦法のせい。▲1六歩に△1四歩と受ける場合or受けない場合の2系統。中原vs米長戦(王将戦、1986.12.15)がベース。
第4章 ▲3七銀戦法
△8二飛型に対して有力。△3四歩!(p43)の受け方は他書に載っていたっけ?
第5章 ひねり飛車
対ヒネリ飛車の後手の戦い方がよく分かる。(今までのヒネリ飛車本は先手成功で終わるものがほとんどだった)
第6章 ▲2八飛型
現在のプロの相掛かりはほとんどコレ、本書のメイン。
冒頭で「▲2八飛型が見直された経緯」の解説あり。
第1項の▲4五歩位取りは『最強棒銀戦法
決定版』(飯塚祐紀,創元社,2008)にも詳しく載っているので比較すべし。
第2項の棒銀を左辺に活用する順は野月のお気に入り。
第3項は2つに分けてもよい内容。
(1)△8五飛型
最前線の棒銀対策。後手はすぐに飛先交換せずに、▲2七銀を見てから交換し、△8五飛と引く。先手の棒銀を押さえ込むのが狙い。メリット・デメリットはp168参照。2009年王座戦の山アvs羽生戦がベース。
(2)△7二銀-△7四歩型
p178〜。野月の課題局面。先手の歩交換後、後手がすぐに飛先交換をせず、9筋の突き合いもせずに、△7二銀〜△7四銀と指す。後手の狙いの一つは△7五歩と先手の角の活用を抑えてしまうことだが、先手の対応次第でさまざまな展開に分岐する。第7章に収録されている野月vs渡辺戦以降の研究がベース。
第4項は従来の引き飛車棒銀▲2六銀型が▲3六銀型と違う点をサラッと。
第5項は腰掛銀での△6二飛型を先手番でやるとどうなるかをサラッと。
第7章 実戦編
野月の実戦解説。1局を見開き2pで概説しているのが珍しい。(棋譜は巻末にまとめてある) |
本書を読めば、相掛かりを指してみたくなると思う。先手で▲2六歩と突いて、相手が△8四歩と応じてくれるかどうかは本書の売れ行き次第? 相手に▲2六歩と突かれたら、堂々と△8四歩と突いてみよう!(2010Sep30)
※誤字・誤植・疑問等(初版第1刷で確認)
p7参考図 ちょっと変?横歩取り△8五飛戦法がこの形になることはないのでは。▲8七歩を打たれてから△8五飛が一般的。
p35参考図の文章 ×「駒が多く聞いている…」 ○「駒が多く利いている…」
p113第22図 △3五と は有力では?
p106変化図 ×「先手持駒:角歩二、後手持駒:角」 ○「先手持駒:角歩、後手持駒:角歩」
p143 ×「第4章▲3七銀戦法の51ページA図で触れたように」 ○「第4章▲3七銀戦法の48ページ変化図で触れたように」
p169 ×「▲5六銀〜▲6六歩〜…」 ○「▲5七銀〜▲6六歩〜…」
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