逆転術について解説した本。NHK将棋講座2011年4月号〜9月号に掲載された「山崎隆之のちょいワル逆転術」を再編集したもの。
将棋は、互いにできるだけ「最善を尽くすゲーム」である。自分にだけ都合のよい「読み」は意味をなさず、相手も最善で来ることを前提として読みを進めていく。そして、本当に最善手を指し続けられるなら、いったん不利になった局面が逆転することはないハズである。
しかし、将棋は「逆転のゲーム」でもある。「最後に悪手を指した方が負ける」と言われるくらいで、トッププロレベルでも日常茶飯事で逆転が起こっている。
ところで、不利な局面から逆転を狙う場合は、最善手を指していても逆転する可能性は低い。逆転するには、ちゃんと思想に則って、相手のミスを誘うような手を指していく必要がある。これまでは、例えば「不利なときは戦線拡大」などの格言があったり、逆転術の本がいくつかあったものの、「逆転狙いの思想」を明快に解きほぐした本はあまりなかった。
そこで本書は、逆転術の考え方をシステマティックに解説した本になっている。
本書の題材は、山アプロの実戦25局。各局の解説は、以下のような構成になっている。
(1)テーマ図+「ちょいワル度」の算出
(1p)
テーマ図はすでに劣勢になった局面で、まず「駒の損得」「駒の働き」「玉の堅さ」+「手番」でオーソドックスな形勢判断を行う。そこから「ちょいワル度」(劣勢具合)を算出し、どのように逆転を狙っていくかの方針を決めるための材料とする。
この「ちょいワル度」は著者独特の計算方法を用いている。「ちょいワル度」という名称からは、一昔前に流行った「ちょいワルおやじ」のような少しフザけた感じがするが、実はいたって真面目なモノで、逆転狙いのためには重要なパラメータとなる。
まずは、テーマ図と「ちょいワル度」を見て、自分だったらどう指すかを考えてみよう。そして、2p後の「ちょいワル凡プレー」で、自分の選択した手が載っているか確認しよう。なお、テーマ図はもともと形勢不利なので、起死回生の一発があるわけではない。
(2)「テーマ図までの流れ」 (1p)
テーマ図に至るまでの、直前20〜30手くらいの指し手の流れを検証する。激しく攻められているのか、ジワジワと圧迫されているのか。または、自分がどのような構想を描いていて、どのようなミスがあって形勢が悪化したのか。これらも逆転を目指す手を決めるための判断材料になる。
(3)「ちょいワル凡プレー」 (1p)
逆転の可能性がなくなるような、ダメな手を検証する。
正確に対応されたらどの手もダメなのだが、その中でも最も相手のミスを誘いやすい手が次項の「ちょいワル好判断」となる。実戦では、「凡プレー」でも逆転することはあるし、「好判断」でもそのまま押し切られることもある。
(4)「ちょいワル好判断」 (3p強)
実際に著者が選んだ手で、逆転を狙う指し手と、どういう考え方でこの手を選ぶことになったかを解説していく。
(5)「ちょいワル心理作戦」 (約1/3p、約150字)
どのような実戦心理や盤面状況(局面の読みにくさなど)で逆転しやすいのかを、囲み欄で解説。
(6)「ちょいワル王子の逆転ホームラン」
(約1/3p、約120字)
逆転を狙うときの実戦心理や心構えについてのミニコラム。
(7)「逆転勝利への道」 (囲み図、約1/8p)
逆転の流れを「A→B→C」という三段論法的な順序でまとめてある。
(8)「ちょいワル+α」 (約1.5p)
逆転した後の指し方を、局面がハッキリするまで解説。
以下、気づいたことを箇条書きしてみる。
・各章のタイトルは「惑わす」とか「たぶらかす」とかなんだかインチキくさい(笑)が(さらに各局のタイトルも輪をかけて胡散臭いが)、内容はいたって「真摯に逆転の可能性を探る」というもの。
・戦型ごとに章が分けられているが、テーマ図は中終盤なので、戦型による差はあまり大きくない。
・個人的には、各章末の棋譜を先に並べてしまうのがオススメ。テーマ図で山アが選んだ手がネタバレしてしまうことになるが、もともと絶対的な正解があるわけではないので、全体の流れを把握しておいた方が理解しやすいと思う。
かつて、谷川浩司が『光速の終盤術』(日本将棋連盟,1988/2011)を上梓して、終盤の考え方や読みの精緻さを披露した。そして、それを読んで育った若手たちによって、将棋界全体の終盤力が大きく底上げされた。すると、「みんなの終盤力が高いので、中終盤までに不利になると逆転は難しい」という状況が生まれ、序盤の研究が加速していった。
本書も、逆転術という分野において、『光速の終盤術』と同じように、将棋界の流れに影響するようなポテンシャルを持っていると思う。ただし、逆転するための考え方が広く知られることで、将棋界にどのような変化が生まれるかは未知数。個人的には、有利不利を自覚するのが早まり、より混戦に持ち込まれるような将棋が増えてくるだろうと予想している。
「序中盤はあまり気にせず、多少不利でも中終盤の力で勝負したい」という人や、逆に「序中盤は有利になるのに、いつも逆転負けしてしまう」という人には必読の一冊である。(2013May01)
※誤字・誤植等(初版第1刷で確認):
p53 ×「▲8九玉は△8八銀▲7九玉は△8八角で」 ○「▲8九玉は△8八銀、▲7九玉は△8八角で」 読点が足りない。
p66 ?「ツラッとした顔で」→おそらく「シラッとした顔で」または「シレッとした顔で」が正しい。
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