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東海の鬼 花村元司伝 | [総合評価] C 難易度:★★★ 図面:随時 内容:(質)B(量)B レイアウト:A 読みやすさ:B 中級〜向き |
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【著 者】 鈴木啓志 【推 薦】 森下卓 | ||||
【出版社】 マイナビ | ||||
発行:2012年2月 | ISBN:978-4-8399-4203-8 | |||
定価:1,890円(5%税込) | 232ページ/19cm |
【本の内容】 | |||||||||||||||||||||||||||
◆内容紹介 |
【レビュー】 |
花村元司九段の伝記。 花村は、賭け将棋で全国を旅した元・真剣師である。戦中の昭和18年にプロ試験を受けて合格、付け出し五段でプロ入りした。その後、A級にまで昇り、4回のタイトル挑戦を果たしている。棋風は「妖刀」と言われ、常人では考え付かないような鬼手や妖手が特徴だった。 本書は、その花村の一生を記し、花村将棋を分析した本である。 花村の(プロとしての)全盛期は1950年ごろ〜1970年ごろであり、1985年に死去している。花村の将棋をリアルタイムで見たことがない人もかなり多いだろう。わたしも、花村のイメージは、漫画『5五の龍』にチョイ役で登場するくらいのものしかない。 では、なぜ、いま、「花村」なのだろうか? その答は、次の3つの文に集約される。 p17「花村は普通のプロ棋士が思いつかないような意表を突く奇手や妙手の類で人々を魅了した」 p21「花村はすべてにおいてまさに人間らしい将棋指しだった」 p22「花村は(対コンピュータ戦で人間が負けそうになっている)将棋の状況を解く試金石」 つまり、「コンピュータには指せないような将棋が花村将棋であり、いくらコンピュータが強くなっても、花村のような手を人間が指せる限り、将棋の魅力は失われない」というのが本書の主張である。 本書は大きく2つのパートに分けられる。 第1パートは伝記部分で、第2章〜第4章。 ・出生〜小学生〜鋳物工見習い ・将棋を始めたきっかけ ・真剣師になるまで ・真剣師として全国を旅する〜プロ試験を受けるまで ・プロ試験 ・プロでの棋歴 第2パートは花村将棋の分析で、第1章+第5章〜第7章+終章。 ・有名真剣師(平畑善助、小池重明)との比較 ・花村将棋の柔軟さについて ・花村将棋の解説 ・花村将棋はコンピュータと対極的である ・絶局のvs高橋道雄戦 このうち、第6章では、花村の実戦から6局面を提示し、読者が次の一手を考えたあと、花村の愛弟子である森下卓九段・深浦康市九段が現代の視点で解説するというもの。なお、森下と深浦は本当に「愛弟子」で、特に森下は花村と1000局以上指してもらっているという。 6局面の中には、「コンピュータにはひと目だが人間には見えづらいもの」もあるし、「コンピュータはまず考えないような遠大な構想」もある。また、花村将棋は鬼手のイメージが強いが、まるで羽生のような「ふわっと柔らかい手」も出てくる。全体的な特徴としては、「銀を捨てる手が非常に多い」(p170)。より正確には、「銀を取ると明らかに悪くなるので、相手は我慢するが、その銀が取られずに局面を制圧する駒になる」という感じだ。また、「最初に駒損しながら、後で取り返す」(p176)ような手も多い。 ちなみに私の正解数は2/6だった。特に第1問(表紙のオビに描いてある局面)はわたしは全く考えもしなかった筋だった。非常に遠大な構想で、これが見えた人は、その棋譜を並べたことがあるか、花村と近い感覚を持っている人だと思う。 正直言って、本書はやや中途半端な感じだった。「花村将棋」を採り上げた着眼点は良いが、伝記としても、解説本としても物足りない。 著者の鈴木啓志氏は一介のアマチュアファンで(本業は音楽評論家、ただし花村の娘さんと親交があるらしい)、花村本人をナマで見てきたわけではないので、伝記部分はさまざまな書籍や雑誌から集めたものになっている。散逸を防ぐ意味もあるので、それはそれで良いのだが、やはりリアリティ不足は否めない。また、著者の持論を述べた部分がかなり多かった。 個人的に満足感が足りないのは将棋の解説部。図面は少なく、何よりも棋譜が一つもない。本文中で「名局」と紹介されていても、棋譜が全然ないので、並べて感じることができないのである。局面図も数量がかなり不足している。「東海の鬼」や「妖刀」という異名を感じるにはとにかく量が足りない。 伝記部分は他書に書いてあることを客観的にまとめるにとどめ、棋譜や局面図を大幅に増やしてあれば、かなり満足できたんじゃないかと思う。目指すイメージとしては、『小池重明実戦集』(宮崎国夫,団鬼六監修,木本書店,1998)とか『イメージと読みの将棋観』(鈴木宏彦,日本将棋連盟,2008)のようなものだ。本書は『盤上の攻防 将棋 王位戦五十年』(高林譲司,中日新聞社,2010)に近い感じだった。 題材が良いだけに、とても惜しいと感じた一冊だった。(2012Mar15) |