居飛車党の若手棋士の自戦記集。
先行して発売された『新鋭振り飛車実戦集』(MYCOM,2008.02)、後発の『関西新鋭棋士実戦集』(2008.07)と併せ、「若手棋士自戦記集」三部作の中巻にあたる一冊。本書は居飛車党3人のオムニバス形式で、1人あたり4局、計12局の自戦記になっている。
自戦記に挟む形で、著者が気になる局面をより詳しく検討する「研究」コーナーは、本書でも健在。1局につき1〜2回挿入されており、各棋士の「おまかせ」ながら、他の2冊に比べて統一感が取れている。
著者の紹介をしておこう。
西尾明(にしお・あきら)五段:(Wikipedia)
2003年4月四段昇段。本書出版後、竜王戦では順調な実績を上げ、2013年9月現在は2組在籍。なお、順位戦はC2に留まっている。また、東工大に合格(中退)している。『よくわかる角換わり』(2011.08)を執筆。 |
大平武洋(おおひら・たけひろ)五段:(Wikipedia)
2002年4月四段昇段。ガールズバンド「ZONE」の熱狂的ファンで、TV番組「トリビアの泉」で紹介されたこともある。本書が発売された年度の順位戦でC1に昇級。 |
村中秀史(むらなか・しゅうじ)四段:(Wikipedia)
2004年10月四段昇段。本書発売の1年半後、勝ち星規定で五段昇段、さらに1ヶ月後に竜王戦規定で六段へと連続昇段。順位戦はC2。 |
棋士別の対局内容と感想を列記してみよう。
〔西尾〕
(1局目)▲西尾△中村亮,2008-02-18,2手目△3二飛(4手目△6二玉)
研究1 先手の対策−△3二飛に対して
(2局目)▲西尾△横山,2007-08-28,△四間飛車藤井システム
研究1 面白い詰み筋−△6九銀で△5七桂成とした場合
(3局目)▲西尾△木村,2005-09-15,力戦矢倉▲阿久津流急戦
研究1 幅広い中盤戦−△8七歩で△6七歩とした場合
(4局目)▲西尾△森内,2007-02-21,角換わり腰掛け銀
研究1 後手の対応−▲4三歩に対して△同玉
研究2 難解な終盤戦−▲8八同金以降の変化
[棋風]「定跡とは関係なく一から作り上げていくような将棋が好き」(p43)
→3局目で、先手ながら5筋交換の急戦矢倉を採用しているところに棋風がよく表れている。
・(1局目の印象)細かい手から優位を拡大し、そこから相手に無理攻めさせて息切れさせ、最後は確実に仕留める
・(2局目)p33の△4五桂▲6六金前後の綱渡りのような変化が面白い。安全勝ち狙いから、局面の流れに応じて一手勝ちを読み切る強さを感じる。
・(3局目)矢倉のねじり合いに強い
・(4局目)「名人が相手とはいえ同じ相手に3連敗する訳にはいかない」(p61)
相居飛車の中終盤のねじり合いに強い
〔大平〕
(1局目)▲大平△長岡,2006-09-12,△四間飛車藤井システム
研究1 急戦も有力−▲5五角からの決戦
(2局目)▲大平△長沼,2006-09-19,△ゴキゲン中飛車▲丸山ワクチン
研究1 序盤の駆け引き−△7二金に対して
(3局目)▲勝又△大平,2006-03-31,矢倉脇システム
研究1 一気に終盤戦−▲4八飛で▲1五歩の変化
(4局目)▲佐藤秀△大平,2007-02-27,矢倉▲森下システム〜▲4六銀-3七桂
研究1 昔の定跡では?−△6四角で△9五歩
[棋風]「相手の得意戦法を受けて立つ」(p150)
→後手番矢倉が2局あるところに注目。2手目△8四歩で「矢倉でも角換わりでも(▲中飛車でも)やってらっしゃい」と、渡辺竜王や郷田九段に似ているところがある。
(1局目)▲2四歩の突き捨てが好タイミング
(2局目)有利の中盤で悪手連発、不利になってからの耐え方に見どころあり
(3局目)歩使いが上手い
(4局目)中終盤のねじり合い
「相手の得意戦法を受けて立つ」(p150)
〔村中〕
(1局目)▲村中△久保,2005-10-12,△四間飛車
相穴熊
研究1 じっくり攻める−△3五同歩の変化
(2局目)▲村中△千葉,2006-05-30,△四間飛車3二銀型▲居飛車穴熊
研究1 振り飛車側の序盤−基本図から△3二銀の展開
研究2 どう仕掛けるか−▲4六歩に代えて▲5五歩の仕掛け
(3局目)▲村中△佐藤紳,2005-06-14,相矢倉▲森下システム
研究1 森下システムvs雀刺し−▲5五同銀に△9六歩
(4局目)▲先崎△村中,2006-04-12,相矢倉▲4六銀-3七桂
研究1 8筋の突き捨て−△8六歩を▲同銀と取ると
研究2 受けか攻めかの実戦心理−▲1五歩に△7五歩
[棋風]大局観に優れている感じ(自分の大局観を反省する記述もあったが)。特に、一見良くなさそうな交換やスルーしそうな仕掛けに「何かありそう」とアンテナが反応する。
(1局目)相手の重い銀と自分の馬を交換するのが俗手の好守。駒の効率のバランスを正確に見極めている。
(2局目)やや少数派の△四間飛車3二銀型持久戦に対する居飛車の仕掛け方、四間側の反撃の仕方が参考になる。白熱の終盤戦も見どころ。
(3局目)村中は森下システムの愛用者。本局では、仕掛け前のごく自然?な矢倉入城を咎める機敏さを見せた。
(4局目)本書唯一の著者の負け棋譜。本局の中盤以降は大局観が乱れている。
●総評
三部作の中では、一番まとまりが良い。全体の難易度がそろっており、突出した個性はないものの、非常に読みやすく、また並べやすかった。
本書は居飛車党の視点で書かれており、戦型は対抗形(居飛車側視点)、矢倉、角換わりが取り上げられているので、特に飛先を突き捨てるタイミングに注目して並べるとよいだろう。
難点としては2つ。一つ目は、「居飛車実戦集」でありながら、横歩取り・相掛かり系は扱われていないことと。ただし、これは矢倉・角換わり系とはかなり感覚の違う将棋なので、これらが得意な棋士を別途取り上げるのが良さそうだ。
二つ目は、本書の著者3棋士が現時点であまり目立った活躍をしていないということ。出版からすでに5年経過しているので、そろそろブレイクして本書の価値を上げてほしいところだ。(2013Sep09)
※誤字・誤植等(初版第1刷で確認):
p13 ×「堂々と△8二玉されて」 ○「堂々と△8二玉とされて」
p20 ×「一直線の攻め合いなり」 ×「一直線の攻め合いになり」
p141第8図 ×「△2九飛、▲9六歩」 ○「△3九飛、△9六歩」
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