関西若手棋士の自戦記集。
先行して発売された『新鋭振り飛車実戦集』(MYCOM,2008.02)では、デビュー2〜3年の若手4人×各3局だったが、本書ではデビューも年齢もバラバラの若手3人×各4局となっている。そのため、各棋士の棋風やイメージは、少しとらえやすくなっている。
また、「研究」コーナーは、『〜振り飛車〜』では1局につき2つが基本だったが、本書では完全に各棋士の「おまかせ」になっているようである。例えば、豊島は1局目と2局目で序盤から終盤まで各4回の研究コーナーを設けているが、糸谷の1局目と2局目は各1回だけである。
著者の紹介をしておこう。
豊島将之(とよしま・まさゆき)四段:(Wikipedia)
2007年4月四段昇段。初年度にいきなり勝率7割超。本書出版後の2008年度後半に12連勝。また、2010年度の王将戦でタイトル挑戦した。 |
糸谷哲郎(いとだに・てつろう)五段:(Wikipedia)
2006年4月四段昇段。奨励会在籍中に新人王戦に参加し、優勝した(優勝時には昇段していた)。2009年度・2010年度とNHK杯戦で2回連続で準優勝(優勝は2回とも羽生)。ネット将棋でR3000点超で有名だった。 |
村田智弘(むらた・ともひろ)四段:(Wikipedia)
2001年4月四段昇段。2005年には15連勝。村田智穂女流二段は実妹。村田顕弘五段と名前が似ているが兄弟ではない。 |
棋士別の対局内容と感想を列記してみよう。
〔豊島〕
(1局目)▲村中△豊島 2007-08-28 矢倉▲森下システム△スズメ刺し
研究1 ▲8八玉で▲5八飛
研究2 正しい駒組み手順−△6四角に代えて
研究3 端歩突きは先攻を許す−▲5五歩で▲1六歩の変化
研究4 先手の最善−▲5五角で▲9四銀の変化
(2局目)▲飯島△豊島 2008-02-20 △ゴキゲン中飛車▲丸山ワクチン5八金型
研究1 丸山ワクチン−5八金型の考察
研究2 ひと目は重い攻めだが−△6五歩に▲5一歩成の変化
研究3 先手の有力手段−▲5二金以外の変化
研究4 手の広い終盤戦−▲6四角で▲8六歩の変化
(3局目)▲豊島△山ア 2008-01-18 △一手損角換わり▲1筋位取り右玉
研究1 後手の欲張った指し方−△8一飛で△8六歩の変化
研究2 切れない先手の攻め−▲6一角に△6二金の変化
研究3 第6図での最善は−▲6三香成、▲2五飛などの変化
(4局目)▲谷川△豊島 2007-09-27 △ゴキゲン中飛車▲丸山ワクチン
研究1 後手の積極策−▲6六角に△2四歩の変化
研究2 一気に終盤へ−△3六歩に▲2五桂の変化
研究3 1手違いの終盤戦−△6五歩に▲2一との変化
・最新形(当時)を好んで載せている。
・序盤、中盤、終盤のいずれの研究も抜かりがない。
・研究手順がすごく長いく、難しい。40〜50手先まで示して結論を出すことも。読者は頭の中だけで局面を追うのはかなり大変。
・相手の好手をほめることが多く、自分の手の自慢は少ない。やや悲観派か?
〔糸谷〕
(1局目)▲糸谷△橋本 2007-08-02 角換わり腰掛銀
研究1 銀桂交換できれば−▲2五桂に△1九角成の変化
(2局目)▲糸谷△阿部隆 2007-08-28 角換わり腰掛銀
研究1 後手の踏み込み−▲4三歩に対して△9六歩の変化
(3局目)▲西尾△糸谷 2006-08-04 一手損角換わり▲棒銀△右玉
研究1 早繰り銀と腰掛け銀−▲3八銀以下の順
研究2 先手の手渡し−△1三香に▲1一角成の変化
(4局目)▲横山△糸谷 2006-10-12 ▲変則矢倉早囲い
研究1 先手の飛車先交換−▲3五歩で▲2五歩の変化
研究2 先手の最善−△4五銀に対して▲5五歩や▲6四歩の変化
・豊島の4局と比べて、相当にマイルドな解説になっている。
・角換わり系に自信あり。
・角換わりの序盤・中盤は一般的に手の意味が分かりにくいが、丁寧に解説されており○。
・大局観に優れている印象。ギリギリの終盤よりも、差をつけて勝つイメージ。
・有名な「糸谷流右玉」は掲載なし。残念(´・ω・`)
〔村田智〕
(1局目)▲村田△杉本 2006-01-24 △四間飛車
相穴熊
研究1 ▲6六角と△5五角の攻防−△5九飛成の変化
(2局目)▲村田△南 2004-09-21 力戦矢倉
研究1 もう一つの返し技−△2四角に▲3五桂の場合
(3局目)▲浦野△村田 2006-11-17 △5筋位取り中飛車▲居飛車穴熊
研究1 居飛車の誤算?−▲5三歩で▲2四飛の変化
(4局目)▲西川慶△村田 2005-04-13 矢倉▲スズメ刺し
研究1 桂跳ねがない場合 8五歩-9四歩型の変化
研究2 先手の決定打−▲2四歩に△同銀の変化
・結構派手な手が飛び出す。特に2局目の▲3五角にはビックリ。また、この手の変化が「捨て駒ありの、6手一組の連続王手の千日手」になることにもビックリ。そんなのあるんだ…。
・終盤戦の競り合いに強い印象。
・序盤は工夫をして、成り行きで力戦形になりやすい傾向。
・自戦記は、細かい機微よりも局面の印象を重視している感じ。
・全体的に豊島とは対極にいる感じがする。
・なぜか少し古い将棋が多い。出版直近ではあまりいい将棋がなかったのだろうか。
●総評
全体的には『新鋭振り飛車実戦集』よりも楽しめた。一方で、豊島の自戦記と他2人の難易度の差が大きく、一冊としてのまとまりを欠いている。その点で、総合評価をCにしているが、あと少し上手くまとまっていればBだった。
ところで、「関西若手四天王」と呼ばれていたのは、豊島、糸谷、稲葉、村田(顕)の4人。「本書はなぜこの人選なんだろう」と思ったが、村田顕弘は2007年10月に四段、稲葉は2008年4月に四段なので仕方ないか…。(2012Aug24)
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