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■われ敗れたり ─コンピュータ棋戦のすべてを語る

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われ敗れたり ─コンピュータ棋戦のすべてを語る
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われ敗れたり
コンピュータ棋戦のすべてを語る
[総合評価] B

難易度:★★★

図面:随時挿入
内容:(質)A(量)B
レイアウト:A
解説:A
読みやすさ:A
将棋ソフトに興味がある人向き

【著 者】 米長邦雄
【出版社】 中央公論新社
発行:2012年2月 ISBN:978-4-12-004356-7
定価:1,365円(5%税込) 189ページ/19cm


【本の内容】
第1章 人間を凌駕しようとするコンピュータ将棋ソフト 18p
第2章 後手6二玉への道 42p
第3章 決戦に向けて 20p
第4章 1月14日、千駄ヶ谷の戦い 18p
第5章 記者会見全文 20p
第6章 コンピュータ対人間、新しい時代の幕開け 16p
第7章 自戦解説 18p
第8章 棋士、そして将棋ソフト開発者の感想 27p

◆内容紹介
ニコニコ生放送で100万人が見守った第1回将棋電王戦「米長永世棋聖vs.ボンクラーズ」。その激闘の裏側には何があったのか。羽生善治2冠ほかプロ棋士たちの観戦記付き。


【レビュー】
第1回電王戦:▲ボンクラーズvs△米長邦雄永世棋聖についてまとめた本。

2012年1月14日。米長は、コンピュータソフト「ボンクラーズ」に敗れた。引退後8年経過しているとはいえ、(男性)棋士、しかも元名人が公の場でコンピュータに敗れた、歴史的な日である。

この対局はニコニコ動画で中継され、多くの人間がリアルタイムで観戦していた。その中で指された、米長の「秘策・2手目△6二玉」。人間のプロ棋士相手には指されることのなかったこの手に、賛否両論が集中した。

本書は、「第1回電王戦:ボンクラーズvs米長邦雄」をまとめ、記録した本、ではある。しかし、米長が本書で最も伝えたかったことを総括すると、「△6二玉を選んだ意味、深淵を伝えたい、分かってほしい」──これに尽きるように感じる。

そして二番目は、「コンピュータ対策のために自分のスタイルを捨てることは是か非か」。これについては、米長は持論を述べるとともに、次に戦う棋士への問いかけとしている。


各章の内容を簡単に紹介していこう。

第1章「人間を凌駕しようとするコンピュータ将棋ソフト」
将棋のコンピュータソフトが「人間のトップレベルと戦うに値する」と認められてから、今回の戦いが実現されるまでの流れを述べたもの。

〔簡単なフロー〕
・2005.06 アマ竜王戦に激指が特別参加し、3連勝した。
・2007.03.21 ▲Bonanza vs. △渡辺明竜王
  ソフトが人間の最強レベルを相手に、いい勝負ができることを知らしめた戦い。
  本書では、米長が最初に佐藤康光に打診して断られたときのエピソードが面白い。
  参考図書:
   『ボナンザVS勝負脳―最強将棋ソフトは人間を超えるか』(保木邦仁,渡辺明,角川グループパブリッシング,2008.08)
・2010.10.11 ▲清水市代女流王将 vs. △あから2010
  女流棋士トップがソフトに完敗。
  参考図書:
   『コンピュータvsプロ棋士』(岡嶋裕史,PHP研究所,2011.01)
   『閃け!棋士に挑むコンピュータ』(田中徹,難波美帆,梧桐書院,2011.02)
・米長が、「人間vsソフトの対局の“価格表”」を『週刊現代』に掲載
  候補者は、羽生(7億円強)、女流トップ(里見を想定?)(7千万円強)、米長(1千万円)
・ドワンゴ+中央公論新社の共催で「電王戦」が誕生


第2章「後手6二玉への道」
対局が決定してから、米長が「2手目△6二玉を指そう」と心に決めるまで。ブログ「電王戦最新情報」を引用しながら、吐露していく。

・vs「激指10」をやってみた
 10秒将棋では米長の勝率1割。30秒では勝率2割。
 →サラッと書いてあるが、結構衝撃的な話だ。
・68歳の米長は、現在の自分がどれくらいの強さかを考えてみた
・再トレーニングの日々
・自宅にボンクラーズを特設してぶつかり稽古
 →本番のボンクラーズは1秒間に読める手の数は約10倍。
・「泥沼流は通用しない」との結論に至る。勝つためには、自分らしさを捨てるしかない
・早指しでは、ほとんどのプロ棋士(タイトルホルダ2人を含む)が負けた
 →これもサラッと書いてあるが、この時点でのタイトルホルダは森内・渡辺・羽生・久保の4人しかいない。
・持時間が長ければ、ある程度勝てることも分かった
 「私はここで『自分よりもコンピュータのほうが強い』ことを認め、それを受け入れた上で戦略を練ろうと考えるにいたった」(p55)
・コンピュータの弱点を探る
 「人間ならそう難しくはないことだけれども、コンピュータにできないことがある」(p58)
 →たとえば、ソフトは「飛・角・歩の不成で打歩詰めを打開できる筋」を発見できない。(※解けるソフトもある)
・数ヶ月の研究の結果として、「2手目△6二玉が有効」という結論にたどり着いた


第3章「決戦に向けて」
対局の条件の詳細を詰める段階から、対局前夜までの準備について。

・誰が自分の前に座るかは超重要
・正座ができなくなったので、椅子対局にした
・妻は「あなたは勝てません」(p82)と断言(
 →フラグ?
・対局前日の過ごし方について、Bonanzaと対戦経験がある渡辺竜王に質問
 →渡辺「対局の前日に駒に触らない将棋指しなんているんですか?」
 →対局直前まで自分を高めるのは、呼吸をするように当然だと。かっこいいなぁ…
・前夜は将棋会館に宿泊することにした
 →記者連中に集中力を乱されたくないため。


第4章「1月14日、千駄ヶ谷の戦い」
対局当日の一日について。

・序盤は成功していた
 →ボンクラーズに『自分が優勢』と勘違いさせ続けることができた

これは、「ソフトが優勢と思っていれば、ソフト側が千日手を選ぶことはない」という考え方によるものである。実際の形勢判断値は、本書では公開されていないため、激指8に棋譜解析させてみた。(ただし、激指8はBonanza系のソフトではない。ボンクラーズはいわゆる「Bonanzaチルドレン」なので、非Bonanza系の激指とは思考パターンが異なる)
なるほど、米長の言うとおり、激指8も序盤はずっと「ほぼ互角、わずかながら先手(ボンクラーズ)良し」と判断している。それどころか、米長は「88手目が本当の敗着」と言っているが、激指8は91手目までほぼ互角の判断だ。


・昼休時
 →某記者が(約束に違反して)写真撮影。米長の集中力が掻き乱される。
 →ただし、「負けたのは私が弱いから」(p97)
・対局後の記者会見
・後日、79手目の形勢(第7章で詳述)について、何度も脳裏に浮かぶ


第5章「記者会見全文」
答えたのは、米長(対局者)、渡辺(竜王、ニコニコ動画の解説担当)、谷川(永世名人、専務理事)、船江(新鋭強豪、唯一決定している来年の対局者の4人。質問したのは、読売・NHK・朝日・ニコ動・フリー・共同通信の各記者。

〔超要約〕
渡辺「作戦だけで勝てるレベルではなくなっている」
谷川「ソフトが優勢になってからの勝ちの早さに驚いた」
船江「ソフトは分からないときの我慢強さがすごい」
読売「“△6二玉は奇策ではない”とは?」
NHK「コンピュータに人間らしさはあったか?」
→前年の「清水vsあから2010」では、清水は「コンピュータに人間らしさを感じた」と答えている。
朝日「コンピュータの強さの現状と今後は?」「米長自身の棋力はどこまで戻せたか?」
ニコ動「中継を観戦したファンの皆様へひとこと。」
フリー「自宅のボンクラーズと、当日のボンクラーズに差を感じたか?」
フリー「渡辺が対戦を受けるつもりはあるか?」
共同「5vs5のあとはどうなる?」


第6章「コンピュータ対人間、新しい時代の幕開け」
「米長vsボン」後の、これからの展開について。

・双方向メディアの可能性
→ニコ動(双方向性がある)の中継は大成功だったといえる。
・△6二玉の良さを採り上げたマスメディアはほとんどなかった
・「6二玉の評価は、コンピュータと戦うときの将棋と、人間と指す将棋はまったく別の将棋であるという判断がつくかどうかによって、分かれる」(p136)
→これは大いに議論が割れるところであろう。たとえば、本書の直後に出版された『東海の鬼 花村元司伝』(鈴木啓志,マイナビ,2012.02)では、「同じ土俵で負けたら、人々は将棋への興味を失う」と主張している。
「プロ棋士の平均棋力よりも、コンピュータソフトの平均棋力のほうが上である」(p136)
これも衝撃的な話であるが、なんとなく納得できる話でもある。正直、指し盛りを過ぎた棋士は勝てなさそうだ。


第7章「自戦解説」
米長の自戦解説。

・先手ボンクラーズの飛が右往左往したのは、米長の狙い通り。
・79手目がポイントだった。
・88手目が本当の敗着だった。
79手目の局面は、右図。本書の中で米長は、右図こそ最大のポイントだったとしている。

ここで、ずっと続けてきた「不倒の大山モード」から本来の「米長モード」に切り替えるべきだったと。しかし、最初から「急所を察知して切り替える」というトレーニングをしていない限り、急に切り替えるのは難しいだろう。(なお、この後の展開では斬り合っているように見えるが、94手目以降は「形作り」である)
右図は、米長が「これなら優勢だった」という、1つ目の想定局面。79手目から△8六歩▲同歩△7二玉▲8八飛△5五歩(p151図A)となる。

これも激指8に検討させたところ、▲7七歩!(+207で先手やや良し)や▲4六歩!(+221で先手やや良し)という、人間には非常に考えにくい手を提示してきた。特に▲4六歩は、▲7七歩をずっと本線で考えてきた末に搾り出された手である。

これらの手は、米長の解説には出てこない。実際のところ、どうなのだろうか…。
もう一つ、米長の想定した局面が右図。79手目から△8六歩▲同歩△7二玉▲6五歩△同桂▲7三歩△同玉▲6六角△同角▲同銀△8六飛▲6五銀△同銀▲7七桂△5六銀▲6五桂打△同銀▲同桂△同金(p153図D)となる。

激指8は図Dを-801で後手大優勢と評価した。確かにこうなれば、後手がかなり指しやすい局面だろう。しかしここまでの変化も複雑で、こういう複雑な局面になった時点で、人間がかなり判断しにくい展開なのではないだろうか。

結果論ではあるが、もっと前の△4二金(70手目)〜△5三金(72手目)が本書の展開を誘発しているのだと思う。6筋7筋は△3一角でケアし、2筋3筋は金と歩をジリジリ盛り上げて「玉頭位取り」」もやってしまえば良かったんじゃないかと、個人的には思っている。



第8章「棋士、そして将棋ソフト開発者の感想」
トップ棋士、ソフト開発者などが感想を語ったもの。プロ棋士側からは、数年前までよく見られた「まだまだ人間の方が優る」という見解は、すでに完全になくなっている…。

〔超要約〕
羽生善治: 人間から見て違和感のある指し手はなかった。ソフトは作戦負けに陥ったが、隙を作らず、形を崩さず待っていたのはすごい。
佐藤康光: 対コンピュータの研究を深めると、人間的な感性が鈍るように思う。どうバランスを取るかが課題。
谷川浩司: 完封か一点突破かの将棋だったので、終局図が大差なのは仕方ない。次回はチームを組んで対策が必要なのでは。
森下卓: まともに戦ったら勝てないと思った。2手目△6二玉はソフト対策としては最善。対ソフト用のルール整備が必要で、私案がある。
中村太地: 〔米長の弟子、駒操作を担当〕作戦は成功していた。対局中の米長はすごい迫力だった。
久米宏: 〔「将棋倶楽部24」席主〕24でのボンクラーズの対局を毎日見ていた。中盤・終盤は美しい。2手目△6二玉にはわくわくし、感動した。
柿木義一: 〔「柿木将棋」開発者〕△6二玉は対コンピュータには悪くない作戦。ボンクラーズは美濃囲いを採用したのがラッキー。左金を攻めに使えた。ソフトは少しずつ形を変えてチャンスを待てるのが強み。今回とは逆に、最先端の定跡はソフト対策になるかもしれない。
伊藤毅志: 〔「あから2010」開発者〕ボンクラーズは自分が有利だと思っていた。ソフト対策の△6二玉は最善だが、人間自身のプレイスタイルを崩したかもしれない。得意戦型をぶつけた方がよかったのかも。人間が戦略を公開してくれるのはとても参考になる。
飯田弘之: 〔「TACOS」開発者、プロ棋士(学術研究のため長期休場中)〕対コンピュータ専用の戦い方には、(プロ棋士として)違和感あり。勝負のみが全てではなく、ロマンを感じたい。
鶴岡慶雅: 〔「激指」開発者〕長い持時間での番勝負なら、ボンクラーズの勝率は3〜4割ではないか。△6二玉は人間の指し手も狂いやすいので、定跡データベースを無効化しつつ、人間が指しやすい手を選んだ方が優りそう。


〔本書の総括〕
対局のバックグラウンドを本人自らが赤裸々に語ったのは非常に良かった。勝った「自慢の棋譜」の自戦記はたくさんあるが、「敗戦の弁」を語った自戦記はなかなかない。「歴史的な一戦」であればなおさらだ。

ただ、資料としては「ボンクラーズ側の情報」が不足している。米長がこう思っていたところで、実はボンクラーズはこう考えていた──などの情報があれば、読み物としても資料としても完璧だったのに。


さて、冒頭で挙げた「コンピュータ対策のために自分のスタイルを捨てることは是か非か」という問いの答えは?──米長の結論は“是”、というより“必須”である」だろう。これはもう、激論になると思う。

来年は「プロ棋士5名」vs.「ソフト5つ」(コンピュータ将棋選手権の上位)の団体戦がすでに決定している。各プロ棋士は米長と違って現役なので、自分の棋力には自信があるだろうし、公式戦があるのでコンピュータ対策に専念する余裕はない。彼らがどのような戦略で挑むか、今から楽しみである。

5人が一致した戦略を採るのだろうか?それとも各々思い思いの戦略を採るのだろうか?わたしは後者だと予想する。(2012Feb25)



【関連書籍】

[ジャンル] 
コンピュータ将棋
[シリーズ] 
[著者] 
米長邦雄
[発行年] 
2012年

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