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マイナビ将棋BOOKS 奇襲研究所 嬉野流編 |
[総合評価] A 難易度:★★★★ 図面:見開き4枚 内容:(質)A(量)B レイアウト:A 解説:A 読みやすさ:A 上級〜有段向き |
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【著 者】 天野貴元 | ||||
【出版社】 マイナビ | ||||
発行:2015年5月 | ISBN:978-4-8399-5569-4 | |||
定価:1,663円(8%税込) | 224ページ/19cm |
【本の内容】 | ||||||||
・【コラム】(1)奇襲戦法に3連敗 (2)プロを目指す者にとっての奇襲戦法 |
【レビュー】 |
「嬉野流」の戦術書。 「嬉野流」は、アマの嬉野宏明氏が編み出した戦法で、読み方は「うれしの流」。初手から▲6八銀!△3四歩▲7九角!と、飛先も角道も開けずに自陣の駒を動かすかなり異筋な作戦だが、単なるハメ手ではない。元奨の天野氏(著者)がこの戦法を見出して研究を深め、2度の全国大会優勝に貢献した、立派な総合戦法である。 しかし嬉野流は、これまでの棋書には載っておらず(少なくとも私は見た記憶がない)、その全体像を知る人はほとんどいなかった。 本書は、嬉野流の狙い筋から戦い方までを明らかにした戦術書である。 各章の内容を、チャートを添えながら紹介していこう。 |
第1章は、「嬉野流VS居飛車」。 (1)嬉野流の基本戦略 ・初手から▲6八銀?!△3四歩▲7九角?!!と指す。 ・奇襲戦法において、飛角を使うことを目指すのは大前提。 ・嬉野流は、引き角を狙っている。メインは鳥刺しの攻撃形。自陣が低い陣形で角銀総交換できれば、あとは自然と手になる。 ・初手▲6八銀を見ると、2手目△3四歩が多くなる。(普段は2手目△8四歩の人でも、角が浮いたのを見て△3四歩としたくなる) ・後手の飛先交換はさせる。(阻止しない) ・自陣の歩はギリギリまで突かない。(後手の飛先交換時の十字飛車を避ける) ・▲4九金はなるべく動かさない。 ・▲8八歩!が嬉野流特有の受けの手筋。棒銀対策や十字飛車対策はこれでOK。 ・中途半端な攻め合いはNG。中途半端な受けもNG。 ・居玉で戦いになるケースは多い。 ・自陣は矢倉は目指さない。(2手目△8四歩のときは、素直に矢倉戦にするのもアリ) ・行けそうなら、居玉で仕掛ける。 ・多少の駒損でも、相手の駒がそれ以上に働かなければOK。 ・鳥刺しに出た左銀は、必ず銀交換を狙う。押さえ込みの銀ではない。 ・自玉を受けるときは、極力金を使わずに。 ・「中盤でよく分からなかったら取りあえず歩をたたいて形を少し変えてみる」(p43) ・△8六飛に居座られた場合(p44〜)は、少し陣形を整えてからの「横歩取らせ」が有力。歩1枚を犠牲に銀の進出を急ぐ指し方で、2019年現在はプロの相掛かりでもこの思想の作戦をときどき見かける。 ・△6四角(飛のコビンを狙っている)がある場合は、「カニカニ銀型」をセットしてから攻める。 |
(2)嬉野流対策 飛先交換型 ・ここからは天野氏の実戦がベースになっている。 ・後手が▲8八歩型を咎めようと9筋端攻めを狙う場合(p64〜)、△9六歩▲同歩△9七歩▲同歩△9八歩となると、と金作りが受からない。 ⇒愚形ではあるが、△9七歩には▲8七金!!の受けがある。嬉野流特有の▲8八歩型を生かしている。 ・この後、金銀のスクラムで左辺を圧迫していくのが面白い。 ・嬉野流の鳥刺しに対して、居飛車も右銀を繰り出して「銀対抗」に来た場合(p76〜)、△6四歩を牽制して、やはり「カニカニ銀」から仕掛けるのが有力。 ・今回は中央への転戦も視野に入れよう。 |
(3)嬉野流対策 飛先歩交換型 ・後手が飛先の歩を交換せずに、最速で棒銀を目指してくるパターン。(飛先の歩を交換すると1手損になる) ・▲7六歩が突いていないので、棒銀はスムーズに△7五銀と出られる理屈である。 ・シンプルな攻め合いは後手が勝つ。 ・▲6六歩?!の「パックマン」が他では見たことのない受け方で、なんとこれで棒銀が受かっている。 |
第2章は、「嬉野流VS振り飛車」。 (1)嬉野流VS中飛車 ・対居飛車では「ギリギリまで自陣の歩を突かない」だったが、対中飛車(模様)では△5四歩には▲5六歩とすぐに突き返す。これを怠ると、引き角が使いにくくなる。 ・8筋を攻めてこられないので、▲7八金は上がらない。 ・「居玉+鳥刺し斜め棒銀」が基本。ただし、居玉がたたらないように、攻めて順では細心の注意を払う。(例えば▲2四歩のタイミング) ・振り飛車側は、角交換ができないので、△6四角と移動してカウンター狙いになる。 ・対居飛車のときと同様、銀交換できるときはシンプルに。 ・自玉は右銀を上がっただけなので非常に薄いが、それを逆に生かした▲5八歩が嬉野流特有の受けの手筋。(通常の鳥刺しでは、▲7八玉+▲5八金右まで囲うことが多い)対居飛車の▲8八歩と併せて覚えておこう。 |
(2)嬉野流VS四間飛車 ・相手が飛をどこに振っても、「居玉で鳥刺し斜め棒銀」は共通。 ・△4五歩で銀の進出を止めてきても、即▲4六歩と反発していく。 |
(3)嬉野流VS三間飛車 ・三間飛車は天敵。 ・あらかじめ3筋を守っているので、1手の差が大きく、これまでの「居玉で鳥刺し斜め棒銀」では苦しい。 ・そこで、▲7八玉までは囲ってから仕掛ける。居玉の当たりの強さを避け、△8八銀からの桂香回収を未然に防いでいる。(※嬉野流では、銀交換して角が前線に出ていくと8八の地点が無防備になり、△8八銀と打たれて桂香を取られる筋がよくある) ・とはいえ、玉の堅さでは嬉野流側が劣るので、一気に攻めるのではなく、二枚銀で「準急戦」の形を作ってから、5筋の歩を交換して局面をほぐしていく。 ⇒「三間飛車は天敵」とはいえ、「三間に振っておけば嬉野流を封じられる」という訳ではなく、「通常に近い鳥刺し」になるレベルである。特に、石田流への組み替えは鳥刺しの餌食になってしまうので、三間側も注意が必要。 |
(4)嬉野流VS向かい飛車 ・△向かい飛車にも「居玉で鳥刺し斜め棒銀」にできる。 ・ただし△3二金型は一気に攻略するのは難しいので、3筋を歩交換して「棒銀」に転ずるのが本書の推奨。 ・天野氏は実戦であまり出会ったことがないらしい。 |
〔総評〕 嬉野流を指されたとき、初見だと相手が何をしてくるのかが分からず、フラフラと狙い筋にハマってしまったり、慎重すぎる駒組みをして作戦負けに陥ることも多い。嬉野流は、「奇襲」といいつつも、居飛車にも振り飛車にも対応できている総合戦法で、さらに最初の3手で戦型が決まって自分の土俵に持ち込みやすいので、これを得意にしている人をネット将棋でよく見かける。 嬉野流対策に苦心している人は、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」の精神で、ぜひ本書を読んでほしい。奇襲戦法を相手にするときは、「相手が何を考えているか分からず、不安になって、読みの入っていない手を指してしまう」のが一番しんどいところ。嬉野流が何を考えているか分かれば、本書の通りの展開にならなくても「盤上での会話」が成立するはずだ。 本書では、嬉野流の狙い筋から、嬉野流特有の手筋(特に受け)、中終盤の思想(嬉野流の陣形を生かした凌ぎ、寄せ)など、嬉野流をしっかりと理解できる解説がたっぷりと入っている。本書を読めば、「嬉野流は異筋の戦法ではあるが、ハメ手ではない」ということがハッキリ分かるはずだ。 むしろ、嬉野流が好きになっちゃうかも? ミイラ取りがミイラに…。「奇襲戦法あるある」だが、「ミイラ化率」は相当高い方になりそうだと思えた一冊。 ※天野氏は、奨励会退会後に舌ガンを告白し(『オール・イン 実録・奨励会三段リーグ』(2014.03)にて発表)、本書は闘病中に執筆された。本書出版(2015.05)から5か月後(2015.10)に亡くなられている。本書の続編がもうありえないというのは、とても残念でならない。自分で考えていた嬉野流対策(本書には載っていない)があるのだが、天野氏の見解を訊くことはもうできない。 ※「嬉野流 - Wikipedia」なども参考にどうぞ。 ※誤字・誤植等(初版第4刷で確認): p90上段 ×「あっさり手損してしまった…」 ○「あっさり歩損してしまった…」 p199上段棋譜 ×「△3八銀成」 ○「△3八銀引成」 p199上段 ×「ひらすら逃げる」 ○「ひたすら逃げる」 |