現代相居飛車の歴史や背景を解説した本。
史上空前の「プロの将棋を分かりやすく解説した棋書」に成功した、前著『将棋・序盤完全ガイド
振り飛車編』から5ヶ月。早くも「相居飛車編」が発行された。
相居飛車は、アマでの出現率は比較的少ないものの、プロでの局数は多く、「あまり指したことはなく、観戦専門」の方も多いと思う。また、自分で指すという人でも、相居飛車の全戦型を指しこなせる人は稀で、戦型の知識に偏りがあるのが普通だ。つまり、相居飛車の全体像を語れる人は相当少ない。
本書は、現代将棋のプロの序盤(相居飛車)の意味を、級位者でも分かるように解説した本である。
全体的なクオリティは、前著同様に高くて素晴らしい。本書で施されている「工夫」は前著と同様なので、前著レビューの一部を以下にコピペしておく。
(ここから)
本書では、「見る将棋ファン」がプロの指し手を分かるように書かれており、基本的な対象棋力は5〜10級。10級以下でも何とか読める。また、上級者や有段者でも目からウロコの内容が満載である。
また、読者が読みやすいように、下記のようなさまざまな工夫がされている。一つ一つは小さな工夫だが、効果は大きく、非常に読みやすかった。
・本文中で「第1図(←)」のように、初出の図面がある方向を矢印で示している。
おそらく棋書では初めての工夫だが、該当図面に一瞬で目が届くので、ものすごく読みやすくなっている。
・重要なキーセンテンスは、太字ゴシック体で強調している。
これ自体はよくある工夫だが、本書ではTV番組「世界一受けたい授業」に匹敵する頻度で使われている。さほど重要でない文も強調されているが、著者として声を大きくしたいところであり、メリハリを感じられる。
・各部の初めには「概要があり、どのような構成で解説していくが書かれている。
・各章・各節の初めには、これから何を解説するかが短くまとめられている。
この工夫によって、頭の中の使用メモリが適切な量になるようにパーティションが設置され、内容がスコンスコンと入ってくる気がした。
(ここまで)
各部・各章の具体的な内容を紹介していこう。
第1部-第1章は、序盤の基礎講座。
・序盤の基本 (『振り飛車編』の内容を抜粋)
・「相居飛車」とは何か?
・相居飛車の戦型分類(5つ)
・相居飛車の特徴(6つ)
→対抗形といろいろ違う!! 対抗形と相居飛車の比較を交えて説明していく。
第1部-第2章は、各戦型の基本図までの手順。
・戦型が決定するまでのプロセス
→ポイントは、飛先歩交換の有無。
第2部-第1章では、相居飛車の歴史を振り返る。非常にザックリとした流れになっているので、各戦型に詳しい人には物足りないかもしれないが、全体像を把握することができる。
〔矢倉〕
↓▲2六歩型の24手組
↓飛先不突き矢倉
↓▲4六銀-3七桂
〔角換わり〕
↓木村定跡
↓ (千日手になりやすい)
↓▲2六歩型で千日手を打破
↓升田定跡の流行
〔相掛かり〕
↓▲2六飛型
↓▲2八飛型の流行
〔横歩取り〕
↓内藤流△3三角
↓中原囲い
↓△8五飛
↓新山ア流
・この項では、「内藤流・中原流に不足していたもの」という観点で解説が進むのが分かりやすい!
〔一手損角換わり〕
2003年誕生の若い戦法
相居飛車5戦型のうち、矢倉・角換わり・相掛かりが「後手が追随する戦法」、横歩取り・一手損角換わりが「後手から誘導できる戦法」として分類されているのも分かりやすかった。
第2部-第2章は、相居飛車のキーワード。
・飛先保留で技術革新
「歩が下がるたびに技術が進歩した」は、他の人に説明するときも使えそう。
・相居飛車でも玉の堅さを重視
・角交換を考慮して駒組みする
この2つは現代将棋全体にかかわるキーワード。
・後手は専守防衛傾向に
これは相居飛車特有。
第3部は、相居飛車の主要5戦型ついて。各章とも、以下のような構成を採っている。
・戦法名
・特徴
・指される頻度 (←『振り飛車編』では、ここは「流行の理由」だった)
・基本定跡
・先手の理想
・後手の理想
・歴史
・最新形(2013年2月現在)
第3部-第1章は矢倉。▲4六銀-3七桂戦法がメインストリームだが、戦型は多岐にわたる。
〔主な戦型〕
・24手組とスズメ刺し
・飛先不突き矢倉
・▲4六銀-3七桂型
├基本の攻め筋
├△専守防衛
├▲矢倉穴熊
├△森内流(△8四歩-△9五歩)
├宮田新手▲6五歩
└現状
└(最新)91手定跡
・▲3六銀型を目指す攻防
・森下システム
・加藤流
・早囲いと藤井流
・後手の工夫
├矢倉中飛車
├右四間飛車
├阿久津流急戦
└左美濃
・(補足)3手目▲6六歩からの矢倉
第3部-第2章は角換わり。棒銀・早繰り銀・腰掛け銀の「三すくみ」の原則は覚えておこう。ただし、これらは1手違えば崩れることがある。
〔主な戦型〕
・棒銀
・早繰り銀
・腰掛け銀
├木村定跡
├後手、右桂跳ねず
├▲2六歩型右四間
├同型(升田定跡)
├△6筋位取り → 千日手打開の原理を分かりやすく解説。
└待機策復活(△4二金型〜郷田新手△7五歩)
└(最新)飛車切り定跡
・(補足)2手目△3二飛対策のため、▲2六歩△8四歩▲7六歩から角換わりになることがある。
第3部-第3章は一手損角換わり。
〔主な戦型〕
・腰掛け銀
・棒銀
・早繰り銀
・4手目角交換(▲7六歩△3四歩▲2六歩△8八角成)
└(最新)2012/11▲渡辺△丸山(竜王戦)
▲早繰り銀から▲3四歩△同銀と取り込み、▲3六歩と控えて打って次に▲3五銀を狙う形。
第3部-第4章は相掛かり。
〔主な戦型〕
・5手爆弾(▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲2四歩)
p196の△同銀よりも△同飛の方が後手にとってよいのが定説。これはいくつかの他書にも書かれている。ただし、古い本では△同銀のみを書いているものもある。
・引き飛車棒銀
・ガッチャン銀
p202に、銀をぶつけたときの音について、「実際は(ガッチャンではなく)シャリンという音がする」と主張する若手に対して「放っておきましょう」とややネガティブに書かれている。ただし、この件の元ネタは『将棋は歩から
上巻』(加藤治郎,東京書店,1970/1992)のp211〜211で、某教授から指摘を受けて(氏は「チャリンチャリン」と表現している)、加藤は「一本取られた」という旨を記している。どうでもいいことなのだが、実際の衝突音は対象物の材質、形状、大きさ、衝撃の強さによって変わってくるので、誰かが銀で銀を作って(ややこしい(笑))検証してくれるのを待つしかないだろう。
・ひねり飛車
・中原流▲3七銀
・▲3七桂戦法
・引き飛車棒銀
・引き飛車棒銀の対策(3つ)
└(最新)△8五飛〜△9五歩
第3部-第5章は横歩取り。p223に戦闘ゾーンと守備ゾーンの図示があり、これがとても分かりやすい。
〔主な戦型〕
・△4五角戦法、相横歩取り、△3三桂戦法
・内藤流△3三角
・中原囲い
・△8五飛
├▲中住まい
├▲6八玉型
├山ア流
├▲3筋攻め
└新山ア流
・△5二玉型中原囲い
・△8四飛の見直し
├(最新)▲1七桂
└(最新)△2三銀
さて、本書は『振り飛車編』の続編。前著を読む前は大した期待をしていなかったので、その出来栄えに驚くことになったが、今回はどうだったろうか?
結論から言えば、「期待を裏切らないクオリティ」だった(前回は「いい意味で期待を裏切ってくれた」だった)。やはり、時間がなくても読めるところまで読もうとしてしまう。
さすがに今回は前著ほどの衝撃を感じたわけではないが、「相居飛車を纏め上げるのは難しいかもしれない」と不安を感じていた。何しろ、相居飛車の本を書くのは難しく(しかも売上の期待値が低そうだ)、これまでも振飛車編だけで終わったシリーズは数多い。それだけに、今回も同等のクオリティを保ったことに拍手を贈りたい。
「プレッシャーに耐えて、よくがんばった!」(笑)
特に第2部-第2章の「キーワード」は、現代の相居飛車を理解するためのスペシャルキーである。これまで、「相居飛車に興味があって勉強してみたけど、何だかよく分からなかった」という人には、新しい扉が開かれるかと思う。
居飛車党で行きたい人には、何はなくとも必読の一冊で間違いない。(2013Jun10)
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