対四間飛車の端玉銀冠戦法と早仕掛けを解説した本。
女流棋士が書いた棋書はいくつかあるが、女流棋士による戦法解説書は史上初めて。しかし女流だからと侮ってはいけない。端玉銀冠については、矢内はスペシャリストともいえる存在だし(というか、矢内以外で連採している人を知らない)、早仕掛けについてはむしろ女流の方が研究が進んでいるくらいである。
第1章は端玉銀冠。いわゆる「米長玉」の形であるが、米長玉はおもに中終盤で▲8八玉→▲9八玉とすることで相手の距離感をずらすのに対し、本書の端玉銀冠は最初から9八玉型に構える。利点・欠点は、
・○ 左美濃同様、角道を通したまま戦える
・○ 左美濃よりも玉頭が少し厚い
・○ 右辺の線上から玉が遠い
・△ 居飛穴ほど堅くない
・△ 居飛車からの端攻めは難しい
・△ 4筋周辺は薄い etc.
【第1図】が基本図。ここから▲4六歩or▲3八飛or▲4六銀で急戦を狙う順と、右銀を7七or8八まで引きつける持久戦の順に分かれる。
第1図までの手順中、先手が▲8六歩と左美濃を明示しているのに△7一玉〜△8二玉と入城しているのは、後手が無策に見えた。私の実戦では、一直線に左美濃を狙うと△7一玉〜△8四歩とされ、中盤に玉頭攻め一発で劣勢に陥ることが多いからだ。ただし、本書の実戦編を見る限りは、すぐに端玉にしてしまえば【第1図】の形になることがほとんどだし、△7一玉〜△8四歩にも十分対応できるようだ。
端玉銀冠戦において、使えそうな手筋をピックアップしておく。
・玉頭攻めの△8六歩を▲同銀と取ってしまう。(駒損になるが、拠点を残さない)
・余裕のあるときに8八角を▲7七角としておく。(△7七角成が王手にならないので、ときには強い捌きが狙える)
・仕掛けが難しいとき、端玉銀冠から銀冠穴熊に組み替える。手損ではあるが、最初から居飛穴を目指すより組みやすい。
・▲8八玉と戻すこともある。(※本書では、中盤の忙しそうなときに▲8八玉と戻す手がしばしば見られるが、どのタイミングでやればいいかは解説がない。「敵角のにらみがなくなったら▲8八玉のほうが良い」だろうか?) |
第2章はおなじみの4五歩早仕掛け。先手番と後手番での違いに注目して解説されている。先後で仕掛けの筋はほとんど同じだが、大きな違いは「美濃囲いの右桂が跳ねているかどうか」。わたしがこの戦型を覚えたときは「先手四間飛車vs後手6五歩早仕掛けは、右桂を跳ねているのが振飛車側にとって大きい」と教わったが、そんなに単純なものではないようだ。本書では「(右桂跳ねによる)先手からの反撃力が高いのか、美濃囲いが薄くなっているのか」(p152)という二面性を考えながら解説されていく。
この戦型はすでにかなりまとまった定跡書があるためか、基本定跡的な部分は駆け足気味。仕掛け後は大きく以下の3つに分岐する。
(1)△2四同歩 (先手四間飛車では▲8六同歩)
(2)△2四同角(▲8六同角)以下飛車切りの変化
(3)玉頭銀(先手四間飛車では解説なし ※手が進むため?)
特に先手四間飛車については既存の定跡書が少ないため、参考になる点が多い。先手四間飛車への早仕掛けをためらっていた人にとっては、再考の余地があると思わせてくれる章である。
なお、整理された目次がないため、変化を探すのは多少面倒な点がある。
第3章は矢内の実戦から次の一手問題。ページ埋めの香りが漂うが(笑)、手は結構難しい。わたしは半分も正解できなかった…。
第4章は矢内の実戦譜。端玉銀冠、早仕掛けともに4局ずつ。ポイント1つと投了図での解説(というより感想?)のみで、せめて将棋年鑑並みの解説は欲しかった。しかし、自戦記でページ埋めしなかったのは悪くない印象。
ちょっとよく分からないのは、端玉銀冠と早仕掛けとは戦法の関連性がないこと。どちらも対四間飛車ではあるが、「相手がこうなら端玉、こう来るなら早仕掛け」というものがなく、好みや気分の問題っぽい。矢内がどういうときに採用を切り替えてるのかは、本書を通読しても分からなかった。
また、特に端玉銀冠編で、「勝負手」の表現が多いのは定跡書としては珍しい。実戦の進行が多いからなのか、それとも厳密には若干不利だからなのか……いずれにしても、端玉銀冠は「実戦的な」作戦だといえそうだ。
個人的には、「(自分の実戦で)左美濃を復権させられるかも?」と思った。わたしは左美濃+急戦が好きなのだが、△7一玉+△8四歩型に構えられると、仕掛けが部分的に成功しても、玉頭攻め一発で防戦一方orフルボッコにされるため、相手が早々に△8二玉型を決めてくれない限り使えなかったのだ。しかし本書の端玉銀冠を併用すれば、「△8二玉型には左美濃急戦、警戒心の強い△7一玉型には端玉銀冠」と柔軟に構えられる。しかも端玉銀冠は、左美濃急戦と同じ仕掛けができるのだ(※中盤戦で陣形の違いが出るので、そのあたりは研究する必要がある)。現時点では「思っただけ」で、まだ試してないのだが…(汗)。
居飛穴があまり得意でない居飛車党の人は、一読の価値はあると思う。
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