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超過激!トラトラ新戦法 ぶっちぎりで勝つ |
[総合評価] B 難易度:★★★★ 図面:見開き4枚 内容:(質)A(量)B レイアウト:A 解説:B+ 読みやすさ:A 上級〜有段向き |
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【著 者】 田中寅彦 | ||||
【出版社】 日本将棋連盟 | ||||
発行:1999年12月 | ISBN:4-8197-0360-9 | |||
定価:1,200円 | 231ページ/19cm |
【本の内容】 | ||||||||||||||||||||
【ミニコラム】今がチャンス!串カツ囲い/矢倉党に贈る無理矢理矢倉/将棋の原点
超過激「田中流棒銀」/スピード時代の矢倉早囲い |
【レビュー】 |
ユニーク戦法の解説書。 田中寅彦は、「序盤のエジソン」として知られている。エジソンといえば発明家だが、田中は序盤の手順にいつも工夫を考えており、現代将棋の序盤戦術に大きな影響を与えてきた。特に1980年代の「居飛車穴熊」と「飛先不突き矢倉」での貢献は大きい。 「居飛車穴熊」という囲い自体は以前からあったが、田中はそれを戦法化し、「相手より堅く囲って攻める」という思想を盛り込んだ。また、「飛先不突き矢倉」では、「不急の一手を後回しにして、もっと有効な手を指す」という考え方を明確にした。いずれも、現代将棋で強く意識されているものである。 田中は、この2つの作戦にとどまらず、様々な序盤戦術を試行してきた。オリジナリティ溢れる作戦もあり、すでに指されている作戦の改良もあり、アマ発の作戦のプロ化もあり……田中の新作戦に対する意欲は、1990年代もますます盛んであった。 本書は、田中の1990年代の愛用作戦を、実戦譜をベースに解説した本である。 各局の解説は、基本的には初手から投了まで。棋譜によっては、序盤や終盤が省略されていることがある。その場合は、巻末に総譜が添えられているので、並べてみよう。なお、巻末の棋譜には解説は付いていない。 本書は4章に分けられているが、もう少し詳しく見ると6つの戦型に分かれていると思う。各戦法の特徴を、図面を添えて紹介していこう。 第1章は、対四間飛車の「串カツ囲い」。下図のように、▲9八玉と寄り、後は居飛穴と同じように金銀を寄せていく。玉を香が串刺し(?)にして、金銀の「衣」が付いているのが、囲い名の由来らしい。(なお、早咲誠和アマが得意にしていたことから、「早咲囲い」とも呼ばれる。) 藤井システムのような角筋を生かした攻めをあまり気にする必要がなく、比較的容易に金銀四枚で囲えるため、感覚としては居飛穴と同じように戦える。攻めは、引き角からの▲2四歩〜▲3五歩〜▲同角という、居飛穴でもおなじみの攻めがほぼ確保されている。 弱点は、端かつ玉頭である9筋。特に△9七歩が直接玉を叩いてくるので、対応を知らないと串カツの利点を生かせない。参考棋譜4のように、▲同銀と取る手を考慮しておこう。△8五桂で銀の両取りをかけられるが、▲同桂よりも玉は安定しており、自分の攻め駒が増えるとも考えられる。 現在では、串カツ囲いはプロではほとんど指されていない。似た考え方のミレニアムが登場したり、藤井システムに対しても居飛穴に囲える手順が発見されたのが大きい。 しかし、駒組みの手順にさほど気を遣わなくてよい串カツ囲いは、持時間の短いアマでは現在でも大きな力を発揮すると思う。採用の余地ありだ。 第2章の前半は、△無理矢理矢倉。普通の矢倉は▲7六歩△8四歩▲6八銀の出だしだが、本戦法は▲7六歩△3四歩▲2六歩△4四歩と振飛車を思わせる出だしになる。「ウソ矢倉」とも呼ばれるが、もっと良いネーミングはないものか? 基本的な組み方は、下図のようになる。玉の移動や、金銀や角の動かし方は、相手の出方や自分の工夫によって異なってくる。 本戦法の基本的な指し方については、先に出版された『後手無理矢理矢倉』(田中寅彦,MYCOM,1995)に掲載されているためか、本書ではあまり言及されていない。本書では、実戦譜の解説のみになるので、そこから指しこなし方のコツをいくつか抽出してみよう。 ・後手が矢倉の態度を早く決め、さらに▲2五歩を突き越させているので、先手の有力策の一つは「三手角+腰掛銀」。 ・▲5六銀には△6四角と出て、先手に右四間の理想形を許さない。 ・後手は先に堅く囲って、細い攻めでも一方的に攻める。 ・4筋の歩を交換されたとき、すぐに歩を打たない。ただし、先手の角筋が通るので、△8一飛と引いておく。 ・▲右四間には、▲4五歩の仕掛けの瞬間に△7三角。先手の攻め足を止めたら、△6四銀から押さえ込む。 ・▲5六歩には△4二角。 ・▲米長流急戦には、5筋の歩を突かずに△6四歩とする。5筋の争点を与えず、△5四銀の余地を残す。 ・早い▲5六歩には後手無理矢理矢倉には組めない。引き角から角交換が間に合うため。この場合は、△急戦向飛車がよい。(※本書には棋譜がないが、あえて2筋の歩を交換させて、銀冠に組む作戦もある。現在はこちらの方がメジャーかも。) 指しこなすのはなかなか難しいが、「矢倉は好きだが、普通の矢倉を後手番では指したくない」とか「2手目△8四歩だと、角換わりや▲中飛車に対応するのがイヤ」という人にはオススメだ。 第2章の後半は、「これがホントの居飛車穴熊」と銘打ち、先手番での無理矢理矢倉を解説。横歩取り模様の出だしから5手目に角道を止め、右金を▲6七金と上がる。ここまでは後手番とほぼ同じだが、ここから一目散に居飛穴に潜る。 矢倉からの組み替えではないことに注意。また、△無理矢理矢倉とはほぼ別物の戦法といってよい。 ・穴熊に囲ったら、堅さを生かして猛攻できるチャンスを待つ。 ・飛角、右銀の運用が課題。本書では、▲3六歩〜▲3八飛を早めにすることで解決している。(p96〜) 本書の3局を並べてみたところ、囲うまでは易しいが、攻撃陣の構築が悩ましく、苦労の多い作戦かもしれない。最近のプロ将棋ではあまり指されていない。 後手の指し方もあまり固定はされないので、「先手で堅く囲えて、手探りの将棋」になりやすい。アマの短時間の将棋なら、採用の余地があるかも。 第3章の前半は、角換わり▲棒銀。純正角換わりから先手が棒銀に出て、△5四角vs▲3八角(升田新手として有名)になる将棋だ。初級者向けの棒銀の本によく出てくるので、定跡として知っている人も多いだろう。(有名な「羽生の▲5二銀」もこの将棋だったか) △4四歩に▲6八玉が田中の新工夫。△1四歩を待って▲2四歩から銀交換する。その後、▲5六飛と転回するのが狙いとなる。 ・▲5六飛の狙いは、▲5四飛の飛切りや、▲5五飛〜▲8五飛。この戦型は、飛より角が使いやすい。 ・章サブタイトルに「超過激」とあるのは▲5四飛(飛車切り)の意味か。ただし、一気に攻めつぶす展開にはなかなかならない。 ・△1四歩ではなく、△2二銀が厄介。通常の角換わり▲棒銀では、△2二銀は消極的でダメなのが一般論。ただし田中流▲6八玉に対しては、棒銀の出足をいったん止めて、△6四銀からの攻めを狙っている。先手玉が後手の攻めに近づいている。 △2二銀は、先手の有効な指し方が見つからず、田中が角換わり▲棒銀をやめるきっかけになったとのこと。ただし、後手の指し方もなかなか難しい。定跡通りの展開を避ける意味では、アマが先手で採用する価値はありそうだ。 第3章の後半は、▲無理矢理矢倉+棒銀。 ・角道を止め、飛先を角で受け、右金を早く上がって矢倉に組み替えていく。(矢倉への組み方は、先述のものと同じなので省略する) ・右銀は棒銀で使う。 ・△7五歩から一歩交換してきたら、銀交換のチャンス。▲1五銀に△2二銀と引いてきても、7筋で得た一歩を生かして▲2四歩△同歩▲2三歩!と行く。一歩損でも、とにかく銀交換する。 比較的指し方が分かりやすいので、▲無理矢理矢倉+居飛穴(第2章後半)よりもこちらの方がオススメだ。 第4章は、矢倉の△早囲い。▲飛先不突き矢倉に対して、後手が左銀を上がるのを後回しにして、△4二玉〜△3二玉と囲う。瞬間的に飛の打ち込みに強い陣形なので、完全に矢倉に囲う前に、飛車切りの猛攻ができる場合がある。 ・相早囲いになることが多いが、互いに矢倉を完成させると先手に主導権を取られる。〔上図〕のように、囲いが未完成でも後手から先攻すべし。 ・先手が▲3六歩を突いてきたときは、△4四歩〜△4三金としておく。 ・玉が移動する前に△3二銀〜△3一角もある。この場合、囲い方は△4二玉〜△3三玉!〜△2二玉がある。(棋譜21、23、24) ・速攻パターンの他に、駒組み勝ちから相手の動きを誘って大攻勢、というパターンもある。(棋譜22) 上図のような舟囲い型は最近ではあまり見られないが、左美濃△3一玉型から後手が先攻するなど、現代でも本戦法の思想を基本としたような指し方は時折見られる。 まえがきにあるように、「“相手よりも安定した玉形を作り、常に先攻する”という一貫した“思想”」があり、「序盤のエジソン」をたっぷり堪能できる一冊だ。 ただし、注意すべきは、「必ず先攻できるわけではない」ということ。先述の思想に相手が反発すれば、態勢が不十分でも先攻されることがある。その場合は、無理攻めを丁寧に面倒を見る必要がある。本書の棋譜を並べていると、田中は先攻するよりも、無理攻めを受け止めて少しの得を得て、その有利を拡大していく指し方の方が上手いように感じる。 こういった指し方を好む人は、ぜひ本書の24局を並べて、田中流の思想を体感しよう。(2016Jun27) ※誤字・誤植等(第3刷で確認): 特にありませんでした。 |