矢倉戦法の解説書。NHK将棋講座「森下卓の相居飛車をマスター」(2008.10〜2009.03)から矢倉の部分を抜き出して単行本向けに再構成し、自戦記を追加したもの。定跡書というよりは、矢倉の指し方をプロの実戦例(主に森下の実戦)を題材にざっくりと解説していく感じ。
目次だけでは分かりづらいので、各章の内容を図面を交えながら紹介していこう。
第1章は「旧二十四手組」の解説。
初手から
▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀
△6二銀 ▲2六歩 △4二銀 ▲4八銀
△3二金 ▲7八金 △4一玉 ▲6九玉 △5四歩
▲5六歩 △5二金 ▲5八金 △3三銀▲3六歩
△7四歩 ▲7九角 △3一角 ▲6六歩 △4四歩
で左図。
7手目に▲2六歩と突くのが特徴。飛を働かせるという意味で、自然な一手ではある。30年ほど前までは盛んに戦われていた形で、以前は矢倉といえばこれだった。「25手目の最善手を発見した者が名人になる」(p26)という伝説があったそうだ。
25手目の有力手は▲6七金右(若手の島がよく指していた)・▲3七銀(加藤流)・▲1六歩(若手の森下が最善と思っていた手)。このうち▲6七金右と▲1六歩に絞って解説していく。第II節は「スズメ刺しと棒銀を指そう」になっているが、スズメ刺しと棒銀だけでなく▲3六銀型や▲4六銀・3七桂型の話も出てくる。
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第2章は「新二十四手組」の解説。
初手から
▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀
△6二銀 ▲5六歩 △5四歩 ▲4八銀
△4二銀 ▲7八金 △3二金 ▲6九玉 △4一玉
▲5八金 △5二金 ▲3六歩 △3三銀 ▲7九角
△3一角 ▲6六歩 △4四歩 ▲6七金右
△7四歩
で左図。
相居飛車なら当然と思われていた7手目▲2六歩を▲5六歩に代えたのが、大きなコロンブスの卵で、飛先不突き矢倉の登場となる。この「不急の手は後回しにし、より有効な手を指す」という思想は、この後全戦型に波及することとなる。
5手目は▲6六歩もあり、むしろ現在はそちらの方が多い。▲6六歩の場合は、途中の金銀を動かす順番も微妙に変わる(本書では解説なし)。森下は「好みの段階でしょう」(p94)と言っているが、後手の急戦(原始棒銀・右四間飛車・矢倉中飛車・郷田流(阿久津流)など)のうち、どれを警戒するかで5手目の選択は変わってくるし、先手からの急戦の選択肢(カニカニ銀、米長流など)の有無に影響するので、しっかり意思を持って指すべきだと思う(まぁ結局好みなのだが…)。
ここからは▲3七銀(3七銀戦法)と▲6八角(森下システム)が最有力。他に▲3五歩などもある。本書では(1)初期の森下システム
(2)深浦新手によってスズメ刺しを克服した森下システム
(3)▲4六銀・3七桂型 の3つを実戦例に沿って解説していく。
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第3章は森下の実戦譜。NHK将棋講座にはなかったもの。デビュー戦、C2で苦しんだ一戦、A級初戦、日本シリーズ優勝時の2局の計5局。第3章だけは図面が見開き2枚で、文章の量は多め。ただし指し手の解説は少なめで、半分くらいは棋譜に関係のない話や、対局時の心情や奨励会時代の思い出話などが多い。また、妙に自虐的表現が多いが、森下の謙虚さ・律儀さを差し引くと、案外まだ自信があるということかも? |
さて、この講座はよかったと聞いていたので、結構期待していたのだが…正直言って個人的には期待はずれだった。
○
初手から手の意味を解説していくのは良い。
×
ただし、脱線や雑談も多い。本来はコラムとして別枠にすべき内容が本文中に書かれている。
× 「恐縮です」「失礼しました」「申し訳ありません」…どんだけ律儀なんだ、と。また、「話が抽象論になってしまって申し訳ない」というのが何度も出てくるが、指し手の思想は大事なので、そこは謝るところじゃないと思う。
○
一般的な定跡解説と違って、駒組みの手の意味や、実戦的な攻め合いの解説があるのは良い。
×
本手順の棋譜が分離されておらず、本文中に書かれていて、図面も探しにくい。
× スタート局面が前のページであることが多く、ページめくり(戻り)がストレス。
○? (病気で倒れたあと、河口七段に「君もひ弱だなぁ」と言われ)「ひ弱ではありません。それだけ真面目にやったのです」(p202)はアッパレ!
総括すると、「『現代矢倉の思想』(森下卓,河出書房新社,1999)の第1章「基本の32手と後手急戦」を読めば、分かりやすい上に本書の大部分をカバーできるのでは…」というのが正直な感想。
本書のターゲットは級位者から初段くらいまでだと思うが、本書を読んで矢倉を指せるようになるだろうか?講座では、駒を動かしながら口語で解説するのでまた違っていただろうが、単行本化するときは活字とページ割りに見合った構成にするべきだったと思う。級位者が矢倉を覚えるなら、『初段に勝つ矢倉戦法』(森下卓,創元社,2003)と『最新矢倉戦法
徹底研究▲3七銀戦法』(高橋道雄,創元社,2007)の2冊の方をオススメしたい。(2009Jun01)
※初版の誤字:p112「若手の錬成道場として解放」→「〜開放」
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