zoom |
マイナビ将棋BOOKS サザンハヤクリ △3三金型早繰り銀 2手早い銀の進出! 主導権を握って戦う 後手番角換わりの新機軸 |
[総合評価] A 難易度:★★★★ 図面:見開き4枚 内容:(質)A(量)A レイアウト:A 解説:A 読みやすさ:A 上級〜有段向き |
||
【著 者】 千葉幸生 | ||||
【出版社】 マイナビ出版 | ||||
発行:2021年7月 | ISBN:978-4-8399-7719-1 | |||
定価:1,694円(10%税込) | 224ページ/19cm |
【本の内容】 | ||||||||||||||||||||||||
・【コラム】(1)どこから来たのかサザンハヤクリ (2)幻のサザンクロス (3)コロナ禍の新戦法 (4)1991年の出会い (5)桂香問答 (6)1992年の夏 (7)ダンゴムシ (8)カエラの話 |
【レビュー】 |
角換わり△3三金型早繰り銀の戦術書。 角換わりでは通常、3三の位置には「△3三銀」という符号が定番。「△3三金」という金の位置は、先手の桂跳ねに当たるなどデメリットがあり、悪形とされてきた。それが一部のソフトで△3三金型が指されたことで認識が改まりつつある。 △3三金型早繰り銀は、通常後手から角交換するところを先手から角交換させることで、△3三金の悪形と引き換えに手得し、後手から先攻してペースを握ろうという作戦である。△3三金のデメリットが出ないような戦い方をすれば問題ない、という発想だ。通常より2手早い銀の進出ができて、先手からの急戦は気にならず、相手に右玉にされることもない。 2020年度後半からプロ公式戦でも採用が増えている。プロ公式戦では2013年の▲増田康宏△千田翔太が1号局。2018年に少し指され、2020年には十数局指されている。本書の著者である千葉幸生七段がもっとも多く指しており、本書の出版の少し前には羽生善治九段も採用した。 本書は、この△3三金型早繰り銀を「サザンハヤクリ」と命名し、その戦い方を解説した本である。 各章の内容をチャートを添えながら紹介していこう。 |
序章は、「サザンハヤクリと本書の概要」。 ・「サザンハヤクリ」とは、角換わり△3三金型早繰り銀のこと。著者による命名。 ・銀の出足が早いので、先手の急戦策と対応を限定させている。 〔サザンハヤクリ登場までの流れ〕 ・角換わりで主流の相腰掛け銀は、長く戦われているが、基本的に先手が主導権を握りやすい戦法である。 ・△早繰り銀(通常)は有力ではあるものの、課題が3つある。 (1)▲腰掛け銀(▲5六銀〜▲6六歩)が先手の有力策である。 (2)先手が一段飛車で構えるのも有力。陣形が安定しており、△7五歩と仕掛けにくい。 (3)先手の速攻(▲4五桂速攻など)への対抗策が必要。(※堂々と△7三銀と行く作戦もある) 〔サザンハヤクリの序盤〕 ・一般的な角換わりの出だしから、△3三角と上がって飛先を受ける。 ・▲7七角と上がった状態から▲3三角成△同金と進むと、後手の1手得になる。 ・△3三金型で守りを済ませ、前述の3つの課題をクリアできる。 −急戦では△3三金の守備力が生きる。 −持久戦ではやや変則的な組み方が必要。 −早めの▲3七桂には△4四歩と防いでおく。 ∴サザンハヤクリは、後手が主導権を持って互角に近い戦いができる作戦である。 |
第1章は、「▲5六銀型」。 ▲5六銀型は、従来の△早繰り銀には最有力の形で、サザンハヤクリに対しても手ごわい。 すぐに△7五歩と仕掛けるのと、▲6六歩を待ってから仕掛けるのがある。どちらも難しい戦い。 ・△3三角で角交換させて、後手が手得する。居玉のままで△6四銀。ここまでがサザンハヤクリの基本形。 ・すぐに△7五歩▲同歩△同銀と仕掛ける場合は、先手の2筋継ぎ歩の反撃に対して、△7六歩と押さえる順でどうか。後手にとって展開が分かりやすい。 ・▲6六歩を待ってから△7五歩と仕掛ける場合は、先手は▲6五歩と反発するか、▲6七銀と銀矢倉で対抗するか。 −▲6五歩の反発の場合、△7六歩▲同銀△7三銀の局面で、▲7七角と設置するか、▲7七桂と厚みを築くか。一長一短。 −▲6七銀の銀矢倉の場合、手堅いが先手の攻撃力が下がるので、後手は玉を囲う余裕がある。 △2二玉〜△3二銀〜△4三銀が一例。 |
第2章は、「▲3七桂型」。 先手が△3三桂を狙って早めに▲3七桂と跳ねてくる作戦。実戦例が多い。 後手は△4四歩といったん桂跳ねを防ぎ、居玉のまま攻勢をかける。(2〜4筋が争点になりやすいので、玉の移動はかえって危険になる) 先手の玉形も整わないうちに仕掛けを迎え撃つので、どちらも不安定な形での攻防になる。 ・▲4五桂と跳ばれる形はなるべく避ける。 −早めの▲3七桂には△4四歩と受けておく。 ・先手が▲3七桂型を選べば、[テーマ図]は出現率が高い。 (1)▲2四歩△同歩▲2五歩の継ぎ歩攻めには、△8六歩▲同歩△3五歩と桂頭を狙う。第1章と比べて先手陣が不安定。 (2)▲3八金には、△5四角と設置するのが好位置。▲3七桂△4四歩の形では打ち得ともいえる角。 (3)▲1六歩は、形を崩さず(飛の横利きを消さずに)後手の攻めを待つ手。後手も△5二金と自陣に手を入れておくのが良い。 (4)いきなり▲6五角は意外と受けにくい。△3二金と受け、将来の△5四角の設置を視野に入れておく。 |
第3章は、「▲4七銀型」。 先手が桂跳ねよりも先に▲4七銀型に組み、△4二玉を見てから▲3七桂と跳ねてくる作戦。 第2章のように△4四歩と桂跳ねを防ぐと、かえって当たりが強くなってしまうので、後手は▲4五桂を受けずに攻める。 本書ではもっとも激しい戦いになりやすい。 ・後手は銀交換の後、△7六銀でスピード勝負を挑む。 ・△7五歩▲同歩△同銀のとき、▲3七桂を保留し、▲1六歩も意外と有力。 −将来の▲2四歩に△同金!と取られるのを防いでいる。(▲1六歩が入っていないと、▲2四同飛には△1五角の王手飛車がある) −後手は銀交換して、△8四飛と中段に引いていい勝負。 ・▲4七銀と▲3七桂を保留する作戦もありうる。 −△4二玉には▲3七桂で、すぐ▲4五桂とできる形。(3七を銀が守っており、王手飛車の筋がない) |
第4章は、「相早繰り銀」。 先手も▲3七銀と相早繰り銀に出る作戦。 ▲3五歩の仕掛けを狙って攻め味が強く、後手に動かれたときに戦いやすい。 後手は△3三金-△2二銀という変則的な陣形で、先手の▲3五歩の仕掛けを受け止めることができる。 持久戦になった場合は、後手は△3三金型を生かす駒組みが必要。 本書ではもっとも穏やかで渋い戦いになりやすい。 ・▲4六銀が3七に利いているので、▲3七桂が先手になる。(▲4五桂と跳ねても△3七角の王手飛車がない) ・先手陣の浮き駒が少なく、反撃のときに陣形が安定している。後手は速攻で対抗するのは難しい。 ・持久戦では△2二玉〜△3二銀と組みたい。 −金銀が逆の矢倉で、初心者向けの本では「悪形」「やってはいけない形」と書かれているが、▲4一角などを打たれにくく、上部に厚くて案外堅い。(3一の隙には注意) −先手の▲4六銀型は持久戦になると自然な攻めは難しくなる。 |
第5章は、「ハヤクリの諸問題と序盤のアイデア集」。 サザンハヤクリの最序盤での細かい問題や、それに対する工夫を解説する。 ・先手が角交換をしてこなかった場合は? ・先手が飛先を▲2六歩で留めたら? ・△9四歩と端を打診するのはどれくらい利く? など。 本章を先に読むのもあり。(著者の推奨) (1)角交換せず △3三角と上がったところで、先手から角交換しない展開。サザンハヤクリの狙いを外す。 自分から角交換するとどちらも手損になる。 後手は角道を止めて雁木に組むのが一案。 先手の一例として、右四間の仕掛けがある。(▲6八銀-▲7八金まで進めていると、先手が早繰り銀にはしづらい) |
(2)▲2六歩型に対する駒組み 先手が2筋の歩を▲2六歩で保留しておく形。 後手は雁木で受けると、▲右四間のときに▲2六歩型が得になる(▲2五桂跳ねの余地がある)可能性がある。 後手はサザンハヤクリを目指し、先手はそれを阻止しようとする。 ・▲2六歩型には、後手が先に銀を繰り出して攻めを見せ、▲2五歩を待ってから△3三角とし、雁木を含みにした序盤となる。 |
(3)強襲の▲5五角 後手が早繰り銀を目指して△7四歩と突いた瞬間に▲5五角と打ち、飛取りを防げば角切りから2筋突破を目指してくる作戦。 サザンハヤクリの序盤の超重要変化で、本作戦の成否にかかわってくる。 ・先行書籍である西村駿氏の『33金型早繰り銀を指しこなす本 基本編』(2020.10)にも同一局面が出てくる。 ・本書では、後手の切り札△4五桂に備えておく展開も解説されている。 ∴▲5五角には何とか対応できそう。 |
(4)後手の工夫・△9四歩の打診 サザンハヤクリ模様に進んだとき、△7四歩の前に△9四歩と打診する作戦。 先手の対応によって作戦を使い分けようとしている。 ・先手が9筋を受けないなら△9五歩と突き越し、持久戦狙いにスイッチする。通常の角換わりよりも後手に主張がありそう。 ・先手が9筋の突き合いに応じるなら、▲4七銀を待って△7五歩と仕掛ける。後手の得とまでは言い難い。 |
(5)序盤のアイデア・阪田流からのハヤクリ 阪田流向かい飛車の出だしから後手が△3三金型早繰り銀を狙う。 本書で解説されてきたサザンハヤクリと比べて後手の手得はないが、阪田流に呼応した▲6八玉の一手が早繰り銀の戦場に近い意味もある。 ∴後手としてやや無理筋のようだが、奇襲作戦としては面白い。 |
・先手番ハヤクリ(1)対横歩取り 横歩取り模様から、先手が飛先を切らず、▲7七角と後手の飛先を受ける。 △同角成▲同金と進むと、本書の後手番サザンハヤクリを先手番でできることになる。 著者は「将来有望な人には推奨しない」という旨の記述をしているが、逆にいえば、この形は異形ではあるものの先手が損をしているわけではないので、この形に後手番でできるサザンハヤクリは案外とても優秀なのでは…? |
・先手番ハヤクリ(2)3手目▲2五歩 初手から▲2六歩△3四歩▲2五歩と進む作戦。 △ゴキゲン中飛車封じとして定着した感があるが、ここから角換わり模様になったときに、▲7八金が工夫。 後手が角交換してくれば、サザンハヤクリにでき、本書の後手番サザンハヤクリよりもさらに1手早い。 手が進んでいるからといって、簡単にハヤクリ側が有利になるわけではないが、先手の選択肢が増えて戦いやすい。 |
コラム的な解説として、各章の合間に「幕間の解説」がある。 サザンハヤクリの考え方や思想が解説されているので、真っ先に読むのがが良いかもしれない。 ・△7五歩▲同歩△同銀と仕掛けたとき、先手から▲2四歩△同歩▲2五歩の継ぎ歩がある。 ▲2四歩と取り込まれたときに、2つの方針がある。どちらもまずい場合は仕掛けられない。 (1)△2七歩から切り返す。 (2)他でポイントを挙げ、2筋は△2二歩と謝っておく。 ・△7五歩▲同歩△同銀と仕掛けて、先手に待たれたときの方針は主に3つ。 (1)基本の攻めは△8六歩▲同歩△同銀。 (2)△7六歩の押さえも自然。 (3)△5四角と設置して、左右をにらんでおく。 ・仕掛ける前に▲9五角の王手飛車の筋を防ぐ手が必要だが、△4二玉と△9四歩の違いに注意。 (1)△4二玉は、7筋の仕掛けから遠ざかり、駒組みでプラスの手を重ねやすい。多くの場合は△4二玉で良い。 (2)△9四歩は、4筋が争点になるとき(▲3七桂型など)には居玉の方が優る。△3五歩の桂頭攻めもしやすい。ただし駒組み合戦にはしづらく、行くしかない。 −相早繰り銀の場合、サザンハヤクリでは△4二玉〜△5二金の駒組みが有力。 ※他の「幕間の解説」は、チャートに織り込んでおきました。 〔総評〕 本書のサザンハヤクリ(△3三金型早繰り銀)は、電子書籍の西村駿氏著の『33金型早繰り銀を指しこなす本 基本編』(2020.10)が先行して発表されているが、紙の書籍としては本書が初めて。 どちらかといえば西村本は、△3三金型早繰り銀の序盤の基本と「早繰り銀で分かりやすく銀交換」という端的な狙いを中心に解説しており、短時間の将棋が多いアマには非常に適した本である。 一方、本書は序盤の基本だけでなく、「仕掛けが行けるかどうか」「持久戦にするならどう得を生かすか」といったプロ的な考えも含めて解説されており、攻めだけでなくじっくりと考えて指したい人や理解を深めたい人には非常に向いている。 同じ急戦型の戦型ながら、結構違う方向性で書かれているので、両方読んだ私としては「急戦型の変則戦法だと思っていたけど、案外奥の深い作戦かもしれない」と認識を改めた。「一時的な悪形を生かす」という、従来はあまりなかった思想が込められている戦法なので、その考え方が浸透してコナれていくまで、意外と長持ちする戦法なのかもしれない。 サザンハヤクリは後手番の戦法であるが、解説自体はフラットな立場で行われている。なので、後手番でサザンハヤクリを指したい人にはもちろんのこと、先手番でどう指したらよいか分からない人や、分からないから角交換せずにいつも茫洋とした力戦に進めている人にもオススメの一冊。 (2021Jul30) ※誤字・誤植等(初版第1刷・電子版ver1.00で確認): p32 ×「第9図以下の指し手@」 ○「第9図以下の指し手」 ※A以降がない。 p164上段 ?「▲3四歩△同金上▲3六歩」 ○「▲3四歩△同金直▲3六歩」 ※「あとがき」の一節に感動! その一節をそのまま紹介します。 p219「あとがき」より…「本を読み、考えて、実戦で試す。知識の「量」はどこかで応用が利く「質」に転じ、確かな「力」となる。本を読んで強くなったという感覚は、自分の中で確かにある。」 |