横歩取りの定跡書。
横歩取りは、プロの流行ではまるで景気変動のように隆盛と衰退を繰り返している戦法である。近年では、▲新山ア流が猛威をふるって△8五飛戦法が絶滅寸前に追い込まれていた。それが、△5二玉型の発見によって閉塞感が打開され、新たな世界が広がった。また、「△8五飛戦法の従来の定型にこだわらない」という思想が、△8四飛型の見直しにつながり、先手も中原囲いをめざす展開が現れるなど、現在の横歩取りは非常に幅広くなっている。
本書は、ここ2年くらいの横歩取りの最新流行形について、詳しく解説した本である。書名は「必勝ガイド」になっていて、一方に肩入れしているかのように思えるが、実際は「先後公平に」解説している。
各章の内容をチャートを添えて紹介していこう。
第1章〜第4章の共通のオープニングが〔右図〕。ここまでは、(超急戦型を採らない限りは)誰が指しても同じようになる。ここから、すでに複数の選択肢がある。
(A)▲2六飛に対して、△4一玉か△5二玉か
(B)▲8七歩を打つか打たないか
(B')▲8七歩を打ったとき、△8五飛か△8四飛か
(A)と(B)or(B')の組み合わせで、大まかな戦型が決まってくる。もちろん、先手の玉型の選択や、狙いたい攻め筋の違いで、さらに戦型は細分化される。
ここ10年くらいは、▲2六飛と△4一玉、▲8七歩と△8五飛がセットになっていた。それが、どちらも選べるようになったのだから、現在の横歩取りがいかに未開の地が広がっているかが分かるだろう。 |
第1章は、▲5八玉型。▲8七歩を打たずに「(旧)山ア流」を含みとしているが、現在は山ア流対策はできているので、先手は▲8七歩と打つ。後手は△8四飛〜△2四飛といったん揺さぶりをかける形を解説している。
第2章は、△8五飛vs▲新山ア流。新山ア流は、先手が〔右下図(▲3五歩まで)〕のような簡素な構えで攻撃形を急ぐのが特徴。27手目▲3七桂でセット完了で、そこから△7四歩は後手が苦しいとされており、本章では割愛。本書では、▲3七桂に対し△8六歩▲同歩△同飛▲3五歩△8五飛と動く展開で、後手がかなり盛り返している。2011年度も大きな舞台で何度か登場し、まさに現在進行形の戦型である。
第3章は、△5二玉型。新山ア流の対策として登場した。前もって玉が5筋にいるため、3筋の攻めから早逃げしているのが大きいという考え方。「(△4一玉型に比べて)堅さで劣るが、バランスが優れている」(p108)という特徴がある。1970年代に多く戦われた「内藤流空中戦法」と違って、金開きには構えず、3筋の攻めがないと見れば、手損にかまわずいつでも△4一玉型の中原囲いに戻すという柔軟性がある。
この形では、〔右下図〕のような△2三銀が発見されて、後手の選択肢が広がった。1筋攻めを受ける△2三銀は、従来は違和感があるとされていたが、現在は△8五飛+△5二玉型に合っている、と認識されている。
対して先手は、1筋攻めを狙うほかに、「後手よりも堅く囲おう」という発想も出てきている。これは△8五飛+△4一玉型の流行時にも一時的にあったが、棋書で章を割くほどの流行はなかった。△5二玉型が出てきてから、「駒組みの形で勝負しよう」という考えが広く浸透してきている。
第4章は、△8四飛+△5二玉型。こちらも第3章と同様、金開きではなく中原囲い型をメインとする。△8五飛型の戦型で△8四飛と引く展開があることから、「最初から引いておけばどうか」という発想から生まれている。
▲7七桂が飛に当たらないため、先手は▲7七角からの中原囲いにはしにくい。半面、△7四歩が飛の横利きを一時的にさえぎるため突きにくい。先手が▲3六歩をいいタイミングで突けるかどうかが大きなウェイトを占める展開となる。
2012年3月現在、本書の戦型はプロで毎日のように戦われている。今後1〜2年は、プロの横歩取りを理解するために最も重要な一冊となるだろう。横歩取りマニアや、プロ将棋観戦を多くしている方は、ぜひ手元に置いておきたい一冊。(2012Mar23)
※誤字・誤植等(初版第1刷で確認):
p143 ×「第33図以下の指し手A」 ○「第33図以下の指し手B」
p144 ×「第1図以下の指し手A」 ○「第1図以下の指し手B」
p203 ×「第16図以下の指し手C」 ○「第16図以下の指し手B」
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