2手目△3二飛戦法の解説書。2007年度の升田幸三賞を受賞した戦法で、発案は今泉健司三段とされる。プロ公式戦で初めて指したのが長岡裕也四段で、本書の著者である。
2手目△3二飛戦法は、非常にプロ的な思想を含んだ、ある意味マニアックな戦法である。△3二飛戦法を指す前に、まずは石田流の「戦法としての立ち位置」を知る必要がある。
まず▲石田流(▲7六歩△3四歩▲7五歩)の現在のポジションは、
(1)約40年前、升田幸三が「升田式石田流」を開発し、石田流は一躍メジャー戦法になった。
(2)しかし角交換+浮き飛車の升田式石田流は、後手が正しく対応すると手詰まりになりやすかった。
⇒先手での千日手は面白くない。
(3)また、角道を止めて、攻めの理想形とされる「石田流本組」に組めても、棒金が強力な対策となった。
(4)一時期、▲石田流は廃れた。
(5)近年になって、棒金対策(▲7九銀のまま保留)ができた。また、石田流本組を確実に阻止できる△8四歩〜△8五歩に対しても、鈴木式早石田(7手目▲7四歩)が開発された。
(6)千日手になる恐れがなくなり、▲石田流は先手の有力戦法として復活した。 |
一方、△石田流(▲7六歩△3四歩▲2六歩△3五歩)の方は、
(1)1手遅れているため、石田流本組を阻止する方法はいくつもある。(角道を止める前に▲2五歩と伸ばされると本組はできない)
(2)ただし、升田式石田流(角交換+浮き飛車)に組めるなら、後手番なので千日手はむしろ歓迎。先手が打開を図れば、結構捌ける。すなわち、組めれば満足。(←ここが▲石田流と大きく異なる点)
(3)石田流対策の▲5六歩なら、3・4・3戦法で何とかなる。(▲4七銀型を作りにくい)
(4)また石田流対策▲6八玉も乱戦定跡で何とかなる。
(5)しかし▲2五歩〜▲6八玉が強敵で、通常の△石田流は不成立。▲2五歩に△4二飛と3・4・3戦法にするのは手損で、スムーズに▲4七銀型を作られ不満。(※ただしアマ的には微差かも?) |
以上が背景となる知識だ。
ところが、2手目△3二飛とすることで、なんと△石田流に組めるのである。いや、正確には「組める可能性がある」。
△石田流に組まれるのが不満となれば、先手は角交換から▲6五角の馬作りを成立させたい。この戦法が序盤の綱渡り(角交換から▲6五角の筋)をクリアできれば石田流に組めるが、もし潰されてしまえば戦法自体が不成立となる。ということで、本書では、角交換から▲6五角の成否をめぐる攻防をメインに解説していく。
序章では、△石田流(▲7六歩△3四歩▲2六歩△3五歩)が不満、もしくは不成立であることの解説。プロ的には、△石田流が存在できるかどうかの根幹にかかわる部分である。ただし上記の通り、アマ的には(高段者を除けば)高いリスクを冒して△3二飛戦法を採用するほどの差はないようも思える。
第1章は、前半が素直に△石田流(角交換+浮き飛車型)に組めた場合の解説。特に重要なのはp20〜p21の「石田流に組めた場合の結論」で、この2ページに△3二飛戦法の基本思想が書かれている。興味のある人は、まずこの部分だけでも立ち読みしてみると良い。納得できれば「買い」だし、合点がいかなければ必要ないだろう。
後半は、石田流に組まれるのを嫌って先手が角交換から▲6五角と打ってきたときの対策。最近流行の「角交換△ダイレクト向飛車」の変化を応用したもので、かなりリスクのある指し方だが、本書では一応、先手の攻めは不成立という結論になっている。難しい変化を含んでいるものの、本戦法の基本なのでしっかり読み込もう。
第2章は、先手が3手目に▲9六歩と打診してきた場合の研究で、現時点で最新のテーマである。後手は△9四歩と突っ張るか、△6二玉と妥協するかが、4手目にして大きな分岐点となる。
本書では「▲9六歩△9四歩の突き合いは後手危険、▲9五歩と伸ばされるのは甘受して指すべし」が結論となっている。しかし、本書の発売前の2008年7月23日、王位戦第2局(▲深浦
△羽生)というタイトル戦の大舞台で、羽生は敢然と△9四歩と受けた。まさか本書のキャンペーンというわけではないだろうが(いや、羽生ならありうるかも…(笑))、将棋は(微妙な手順前後はあったが)p56〜p57と同様に進んだ。本書では「後手優勢」とされているが、少なくとも深浦は「この局面はやれる」と思っている証拠である。しかも結果として先手が勝った。本書の熱心な読者はこの将棋をチェックしておくべきである。
第49期王位戦七番勝負第2局(テキスト版)−将棋の棋譜でーたべーす
第3章は、先手が相振飛車を望んだ場合。相振飛車は、向飛車>三間飛車>四間飛車>中飛車の順で良いとされているので、この場合は2手目△3二飛は早く形を決めすぎていてやや損ということだ。これも、一般アマにはあまり影響のないことかもしれない。個人的には相振り三間飛車は分かりやすい面があるので悪くないと思う。
本書の実質的な内容はここまで。全体の4割となる。
第4章は長岡の自戦記。△3二飛戦法の一号局も含まれている。ただ、全部で4局と少ないうえに、△3二飛独特の序盤はすぐに終わってしまい、中終盤の解説が大部分を占める。全体の成績が1勝2敗1千日手ではちょっと勇気が湧いてこないが…(若手バリバリの阿久津に勝ったのは良し)。一号局は△3二飛戦法の成功となっているが、譜を進めていくと特に悪手もないのにいつのまにか先手優勢になっているのはなぜ?
第5章は次の一手で、基本的には第1章〜第3章の復習問題。序盤の局面が多いので、第1章〜第3章を読む前に本章から始めたほうが理解しやすいかもしれない。
基本的には、相当危ない橋を渡る割には得られる実利はわずかなので、相当プロ的でマニアックな戦型だと思う。一般のアマには必要なさそうだが、現時点で△3二飛戦法を解説した棋書は本書のみ(ただし全体的な内容はやや薄い)なので、興味のある人は要チェック。(2008Oct23)
※初版の誤植:
p38 第21図 ▲4八銀と上がっているはずが▲5八金に置き換わっていて、そのまま解説が進んでいる
p98 「第4図以下の指し手」▲6七金が抜けている
※週刊将棋2008年10月29日号の深浦インタビューによれば、王位戦第2局のあとに本書を購入したとのこと。
「自分(▲深浦)としては桂得でいいだろうと思っていて指していました。ところが、本を読んでみると“先手桂得だが歩切れの上に、駒もあまり働いていないし後手良し”と断言してあったんですね。それが結構ショックで…(笑)勉強になりましたね。桂得なので自信はあったのですが。」
──もし次に同じ展開になった場合、またこの局面に誘導しますか。
「私は今でも先手がいいと思っているのでまたやると思いますね。でも羽生さんは感想戦でも後手が悪いとは言っていなかったし、見解が分かれるものだなと。将棋は深いと感じました。」(2008Oct29追記)
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