永瀬拓矢五段の自戦解説本。
永瀬は2012年の新人王戦、加古川青流戦で連続優勝。才能を開花させつつある若手棋士の一人である。
奨励会時代からプロになってしばらくの間は、角道を止めるノーマル三間飛車を指していたが、2011年の初めごろから▲石田流と△ゴキゲン中飛車を積極的に指すようになり、勝率が急上昇。2棋戦優勝の実績につながった。
本書は、永瀬の実戦をベースに、「永瀬流」の読みと考え方を解説していく本である。
【構成】
一局のうち、中盤の急所となるテーマ図を3〜5箇所挙げ、見開き完結の対話形式で解説していく。構成担当の美馬和夫が「仮想・アマ強豪」として質問し、永瀬がそれに答えていく。
永瀬の回答は上部に顔アイコンが付いており、感情や気持ちを補完している。これらの工夫によって、一見難しい内容でも堅苦しくなく、アマ初段くらいから高段者までしっかり楽しめるようになっている。
解説部のあとには、見開き2pで棋譜を掲載。ここの解説も結構充実している。棋譜部のレイアウトがちょっと詰まっているのと、装丁が若干固い(本を開きにくい)ので、慣れるまで少し棋譜並べがやりにくかったが、あまり気にならないレベル。
なお、総譜が掲載されているのは第3章までで計22局。第4部は解説部のみで、総譜はない。
【永瀬流について】
永瀬の棋風は、基本的に「受け」。また、棋界一「千日手を厭わない棋士」としても知られる。受けの得意な棋士といえば何人か思い浮かぶが、彼らとはイメージが異なる。各棋士のイメージを一覧にしてみた。(わたし個人の見解です)
棋士名 |
異名 |
イメージ |
丸山忠久 |
激辛流 |
・優勢から勝勢の段階で、勝ちを急がずに相手の勝負手を消し、万が一にも負けない指し方を選ぶ。
・序盤の千日手でも、打開できなければ受け入れる。
(ただし、近年の丸山は激辛や千日手のイメージがあまりない) |
木村一基 |
千駄ヶ谷の受け師 |
・相手の攻めを受けつぶす。
・自陣馬。
・不利な局面で粘り倒す。 |
中村修 |
不思議流
受ける青春 |
・常人には理解しがたい受けの手が出る。 |
永瀬拓矢 |
永瀬流
千日手○○
(名人、王子、観音ほか) |
・やや有利な中盤で、龍を自陣に引いて受け、相手の無理攻めを丁寧に面倒を見る。
・盤面の勢力、占有率を重視する。
・「斬り合い勝ちが望めそう」or「確実に千日手」の二択なら、躊躇なく千日手。
・序盤の千日手はあまり良しとしない。 |
このように、ただでさえ少ない「受け重視」の棋士の中でも、異彩を放つ存在である。
本書で学べる「永瀬流」の考え方のいくつかを表にしてみた。
テーマ |
一般的な考え方 |
永瀬流の考え方 |
参照p |
成った大駒の使い方 |
「龍は敵陣に、馬は自陣に」 |
龍はすぐに敵陣へ潜れるので、自陣に引いて使う。
馬はすぐに自陣へ引けるので、敵陣で攻めに使う。 |
p11
p27
p131
p141など |
美濃囲い |
美濃は王手をかけられたらもたない。
王手をかけられないように外壁で止める |
(場合によっては)端を攻めさせて、手に乗って中央の厚みへ逃げ込む(のを最初から考慮に入れている)。 |
p80など |
美濃への端攻め |
ほとんどの場合、歩を取る。
端を詰められて謝るのは大損。 |
相手の持ち歩が少なければ取る。
相手の持ち歩が多ければ詰めさせる。 |
p80
p125など |
千日手 |
先手なら打開する。
後手なら千日手を目指すのもアリ。 |
無理に打開せずにもう一局指した方が勉強になる。 |
p143
p217〜
など |
攻め・仕掛け |
先に仕掛けの権利を得られるように駒組みする。 |
無理攻めさせて受けつぶすことも考える。 |
p87など |
入玉 |
入玉すると決めたら一目散に。 |
入玉狙いだけでなく、攻めも見せる。 |
p175、
p195など |
〔その他の「永瀬流」の教え〕(抜粋)
・ノーマル三間飛車では、▲7五歩(△3五歩)と位を取る。(石田流にするとは限らない)
・「受けの理想形」を描く。(p45など)
・苦しいときは、長い展開にする。(p77など)
・キーワードは「龍を引く」、「有利なときは丁寧に」(p13、p21など)、「不利なときは辛抱」(p70、p203、p212など)
・その他の勝負術はp28、p73、p198、p205、p209など。
【千日手】
永瀬の千日手好きについては、一部では支持しない人もいる。支持する/しないはもちろん各人の自由であるが、本書には長瀬が千日手を選ぶ理由について数ヶ所書かれているので、一度は永瀬の考え方に触れてみてほしい。
むしろわたしは新鮮な感じがした。ただ、理由の半分は永瀬自身の修行に関連しているので、数年経てば(≒永瀬が日常的に一流棋士と対局するようになれば)永瀬の千日手は半減するかもしれない。
【総評】
「おいしい料理を気軽にパクパク食べられて、お腹もいっぱいになれる、ニュータイプの自戦記本」。
先述のように、やや難しい内容ながら多くの人が読めるように仕上がっている。受けの棋風や千日手を前提としたプチブラックジョークも織り込まれ、解説部を読んでいるだけでも楽しい。もちろん、棋譜並べも行うことで、実戦的な中盤力upも見込める。
以下のような方には特にオススメだ。
・「中盤で優勢なはずなのに、いつの間にか逆転されてしまう」とお悩みの方
・受け棋風の相手の気持ちを知りたい攻め将棋の方
・「美濃囲いは王手がかかるまでが勝負」とお考えの方
・千日手を肯定的に捉えてみたい方
・今までと違う自戦記を読んでみたい方
このスタイルで何冊か出版されるのだろうか?シリーズ化してほしいが、これだけ特徴のある棋士はそんなにいないか?(2012Dec26)
※誤植・誤字等(初版第1刷で確認):
p27 △「ポイントを上げたら」 ○「ポイントを挙げたら」
p145 ×「中断に引き」 ○「中段に引き」
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